第67話 17歳の青年が止めたもの
ドレス姿のエクシーさんの後ろを歩く。
赤い絨毯、フカフカの床。
マルネロの心臓が飛び出るような感覚。
半年前から、イーストテリアの王族御用聞きの商会に契約書を持って通った。
時には香水を持って。
時にはお土産を持って。
何度も何度も通った。
やっと、読んでくれた契約書を見て驚く商人達。
「倍!買うだと?!」
王宮に支給する倍の量の食糧、剣、鎧を半年後に買い付ける契約書。
商人達の倉庫を半年で一杯してから、一気にカラっぽにする、力技。
「しかも、前金?!」
もう、リスクもへったくれもない。
半年後に需要が増えなければ、3億エルの金が吹っ飛ぶ。
商人達は信用第一。
果たして、商品は用意してくれた。
満額分。
「で、これをどこに仕舞うんだよ?」
怪訝な顔の商人。
「これ、口止め量ね……少しだけ出ていってくれる?」
商人が出ていったのを見計らって。
「エクシーさん、お願いします」
『異次元収納魔法』
この魔法は商人泣かせ。倉庫要らず。
戻ってきて、顎が外れるぐらい驚く商人。
これで、戦争を17歳の僕が止めたと思っていた。
ーー王の間の扉が開く
中に入って、ひざまづいて、礼をした。
カツカツカツ。指を叩く音。
「顔をあげよ!」
聞いたことが無いぐらい、デカい声。
「ほほう……リオン商会の“詐欺師”よ。兵糧を買い占め……こちらには“三倍”とは、ずいぶんと吹っかけてくれるな?
そして、そちらの女は、詐欺師にはもったいない美女だな」
詐欺師……なぜ?
あの、断られても断られても通った日々。
戦争を止めなきゃ、幼い頃、母さんと親分が言い合っていた。
なぜ、あなたは武器を売るのかと……?
母さん、僕は僕のやり方で戦争を止めるよ!
威圧に負けじと顔を持ち上げた。
「詐欺師ではございませんっ!」
静寂……笑い声。
「フハハは!
青いぞ、青いぞ、クソガキが!!
ここでは、力が正義よ?!」
ユックリと立ち上がる王様。
「お主達を殺してしまえば、詐欺師じゃ!!」
パンっ!!
柏手ひとつ。
この女が口を開くーー
皇帝殺しの英雄。
魔王殺しの妻にして、
魔王の娘。
寄り添う杖の最強娘。
エクシー!!見参!!
「ーーじゃ、"力"の私が正義ね」
暴力がその口を開いた。
固まる面々。
シュ。
消える彼女。
パン、衛兵の後ろに現れ、
拳を振りかぶって。
ドン!拳一閃。
人がボールのように飛んでいく。
ガシャン。壁に激突。
人形のように転がる。
胴の鎧が陥没している。
シュ。
ドンっ。
……しばらく続く打撃音。
ウゥ……。うめき声。
立っているのはマルネロと王様と、最強の娘。
エクシーだけになっていた。
「さてと、マルネロ君、帰りましょ??」
そう言いながら、王の首根っこを大根のように引っこ抜く。
「ヒィぃぃ」
王は涙目だ。
エクシーさんの魔力が膨らむ。
あ、これ転移するやつだ。
スッ。
トン。
眩しい!!
デュランダルトを見下ろす丘に、王と、3人で立っていた。
ーー寄り添う杖、拠点の食堂
暖かい空気、スパイスと香辛料の匂い。
円形のテーブルが幾つも並んでいる。
「はい……どうぞ」
女の子がトコトコやってきて皿を置いていく。
「王様、どうぞ」
マルネロに勧められる。
パンと豆と肉のスープ。
グー。
お腹が鳴る。久しぶりだ。
王宮に入れば、腹が空く前に料理が出てくる。ただ、毒味が終わっているので、出てくる頃には冷えている。
「毒なんて、入っていませんよ、
それでしたら最初っから殺してます」
マルネロが小さく苦笑いをしていた。
食べる……うまい。
食べる…。
手が止まらなかった。
結局は、お代わりもしてしまう。
「あの子、リリスって言うんです」
マルネロが指差す先に、料理を運ぶ女の子。
「イーストテリア出身じゃ無いですけど、娼館に流れ着いたんです」
ギリギリ、女になっているぐらいか?
「その時は生理始まっていなかったです」
顔を合わせる。
「もう、この世の終わりみたいな顔してました……絶望の顔です」
フンっ、説教か?
「いまは、やっと元気になってきたんです」
顔をそらす。
「王様、あなた拐われてきた認識ありますか?」
……。
「うちの大将も奥さんも二人とも優しいですけど、ひとつだけ忠告しておきます」
そっと、顔が近づく。
「人族、最強の夫婦ですから、めちゃくちゃ強いですからね……」
「ま、昼間の人、みんなアバラ折れてるから、嫌でもわかりますか?」
ボコっと、凹んだ鎧を思い出す。
顔から血の気が引いた。
どうなってしまうんだ。
強気だった心が、そっとしぼんでいった。