第62話 復讐は心を粉々に!!
仏壇のような扉を、ゆっくりと押し開ける。
――臭い。
さっきも思った。ユダは、魂の奥から腐ったような臭いがする。
「ふふふ……よく来たな」
鼻が曲がりそうだ。早く帰って、ユウくんの香りで落ち着きたい。自分でもどうかしてると思うけど、あの香りだけは嫌じゃないのだ。
「はぁ……」
「どうした? さっきまでの挑発的な目はどこへ行った?」
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「世の妻にな――」
「お断りします!」
言い切る前に切り捨てる。
ユダの顔がピクリと引きつり、片眉が吊り上がる。
「……ふむ。言い切る前に断られたのは初めてだぞ?」
「だって、弱いじゃない?」
一瞬、ユダの口元が引きつり、目の奥が震える。
そう、魂まで弱りきって、腐り落ちた臭い。
「何を……! 世は魔王を討った英雄ぞ?」
「ばかなの? 英雄はうちの旦那。勇者の勇と書いて、勇人」
その名を聞いた瞬間、ユダの顔が凍りつく。
「……お前、何を……?」
「あなた、真の勇者を殺したでしょ?」
ユダの喉がゴクリと鳴る。息が詰まったように、口をパクパクと動かす。
「誰に聞いた……?」
苦しげに絞り出す声。
その声には、自分でも見たくない真実への恐怖が滲んでいた。
「前の皇帝の奥さん。第一前皇妃」
「アッハッハ! あれは嘘だ! 前皇妃が……嘘を……!」
ユダの笑いは引きつり、声が裏返る。
エクシーの眉間に深い皺が寄る。
「そう? 私は見てたけど。あなたが後ろから刺すところ……。
あらら、ぼくちゃん、現実を知ることもできないの?」
ユダの顔が真っ赤に染まり、血管が浮き上がる。
「あなたは、小さい頃から、殺すことしかできなかった。ただの殺人鬼。
お兄ちゃんみたいに頭も良くないから、殺すしかない。
お兄ちゃんみたいに将軍の器じゃないから、殺すしかない」
ユダが低く唸り、歯をむき出しにする。
「お兄ちゃんみたいに人を信じられないから、疑って、殺す。
だから、あなたには誰もついてこない。
笑っちゃうわ……ただの“英雄殺し”じゃない」
ギリギリと歯を噛み締め、肩を震わせるユダ。
エクシーはゆっくりと息を吐く。
「しかも、あなた……とっても臭いわよ」
ユダの目が見開かれる。
口はわずかに開き、声も出ない。
「ねぇ、言われたことあるでしょ? あなたがオモチャにしてる、前皇帝の二番目の奥さんに」
ユダの目が血走り、震える唇が必死に言葉を探す。
「あなたが殺したお兄さんの……お母さん」
ユダの首筋に冷たい汗がつたう。
「国を憂いで、あなたを心配して、あなたの弱さに寄り添おうとした。
それを優しさだと気づかず、ターゲットにした」
ユダの瞳がわずかに揺れる。
その奥に、一瞬だけ幼さが見えた。
「自分のものにならないから、薬漬けにして、性の捌け口にした。
……ほんと、汚いわね」
ユダは血走った目で睨みつけ、唇を震わせる。
「頭が悪い……。
将軍にはなれない……。
部下からの信頼もない……。
臭いって言われても洗わない……。
優しくした人は薬漬け……。
ねぇ、人を殺す以外に何ができるの……?」
ユダの全身が小刻みに震え、口の中でギリギリと歯が軋む音がする。
「あっ……ごめんなさい」
エクシーがわざとらしく肩をすくめ、わずかに微笑む。
「もう一つだけ、できることがあったわね」
ユダの表情が、一瞬だけ安堵に揺れる。
「ぼくちゃんの大好きな――
オナニー!」
一気に表情が崩れるユダ。
「義理のお母さんを薬漬けにして、彼女を使った、オナニー!」
ユダが吠えるように叫ぶ。
「このあまぁ……ブッコロ……!」
【逃げるんじゃないよ!!】
鋭く、氷のように冷たい声。
「そこで、ゼロからやり直せばいいじゃない?
頭が悪い、将軍の器じゃない、人を信じられない。
認めて、やり直せばいいのよ!!」
「そういう男を強いって言うの。
カッコ悪くても、そういう男なら臭いなんて言われないわ。きっと……」
ユダは歯を食いしばり、目の奥に狂気を宿し、飛びかかろうとした。
「さっ、殺すって言った相手には、殺されても文句はないわよね……?」
瞬間、ユダが踏み込んだ。
ヒュッ。
ユダの首に細いスジが一閃。
ゴトッ!!
床に転がる生首。
真紅の血が噴き上がる。
「さよなら、オナ皇さん……」