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第61話 決戦の地


黒光りする扉は、金色の金属で縁取られている。


エクシーは思った。

――仏壇みたいですわね。


ダンがゴクッと唾を飲み込む。


「いきますわよ」

「ああ、わかってます」


ゆっくりと、ダンが扉を押し開く。


オレンジ色の魔力灯がぼんやりと揺れる。

入った瞬間、背筋に冷たい悪寒が走った。




ーー花


エクシーに群がる男たちは、まるで蜜に引き寄せられるミツバチ。

ひっきりなしに寄ってきては、別の男に弾かれていく。


エクシーに嫉妬する女たちの視線を、ダンは苦笑いで受け止めた。


「さすがに、ユウト先輩には無理だな……」


二人は呼吸を合わせ、絶妙にぶつからずに香水を勧める。

エクシーが左の瓶を取れば、ダンは右を取る。


束の間の“バディ”。

ダンには、この関係が心地よかった。

幾らでも香水が売れると錯覚するほどに――。




しかし、後方で人々が不自然に割れていく。


何かが、近づいてくる。


人垣が、モーゼの海のように静かに裂ける。

ヒタヒタ――と、足音が響く。


エクシーの目の前で、足音が止まった。


黒い。

まるでデュランダルトの建物のように真っ黒な顔。


ユックリと、口角が持ち上がる。


人呼んで――

虐殺皇 ユダ。


鋭利なナイフのように細い手足。

若いのに、皺だらけの皮膚。


獲物が針に興味を示したような、その目。




「お初にお目にかかります、エクシーと申しますわ」


ゆったりと、頭を下げる。


ユダは小さく笑った。


「……ユダだ」


ダンの全身が震えていた。


おれだって、冒険者だ。

死線をいくつも越えてきた。

だが――目の前の男から漂う、あの「死臭」。


死神と呼ぶ方が、まだ優しかった。


ユダが現れてから、貴族たちは距離を置き始める。


だが、死神はエクシーのそばを離れない。

彼女は、顔色一つ変えず、香水を勧める。




「皇帝様には、こちらの香水がお似合いですのよ?」


……嘘だろ?


ダンの背中を冷や汗がつたう。

エクシーが差し出したのは――女性用の香水。


彼女が間違えるはずがない。


「甘すぎる!」


ユダの不機嫌な声に、ダンの全身から汗が噴き出す。


「こちらはいかがでしょうか?」

慌てて、別の香水を差し出す。


「ふむ……悪くない」


ユダが香りを吸い込む。



「ところで、お前……」


ユダが、エクシーを見据える。


あの男でも、頬が赤くなるのか――

そんなことを、ダンは一瞬だけ思った。


「後で、私の部屋へ来なさい。

悪い話ではないから……」


釣れた。


エクシーの口角が、ゆっくりと上がる。

こめかみがピクピクと震える。


「謹んで、お請けいたします。

では、後程タップリと……」


エクシーはスカートの裾を持ち、深々と頭を下げた。



ユダの手が、下げた頭の上に伸びる。

艶やかな髪を、ゆっくりと撫で回す。


「ふむ……たまらん」


……嘘だろ?


会場の空気が張り詰める。


「お戯がおすぎですわ……」


エクシーの冷たい声。


「そうであるな、スマンスマン」

ユダは笑って、手を離す。


そして、去っていった。




ーーーー


夜の静かな石畳。

血の匂いがするような、橙色の満月。


カツ、カツ、カツ。

エクシーのヒールの音が響く。


ガラガラガラ。

鉄パイプが地面を擦り、音を鳴らす。


なんで鉄パイプですかって?

そんなの、気分ですの。



想い出す。


「エクシー?」

――リオンの声。胸が温かくなる。


「エクシー? あなたは生きてね」

そんな大好きな声で、悲しいこと言わないで。


「エクシー? 私はあなたの希望!」

なんで……なんで……。


「ふー」

月を見上げる。


私は、ユウトさんだから許した。

この哀しみに寄り添ってくれた。

一緒に泣いてくれた。

悠久の檻に入ってくれた。



だが――あの男は。


哀しみを知らず、

笑いながら、土足で踏みにじった。


蛆虫。


フェイクタイトルホルダー。


魔王殺しの偽りの英雄。



今宵、仮面は捨てる。


ぶりっ子魔法?

お上品な微笑み?


そんなの、ただの前菜――


笑顔で香水を売っていた彼女は、もういない。


今、そこに立つのは――


最強最恐の『魔王の娘』、エクシー。


最後の大狂宴が始まる。



【皇帝殺し!!】


ガン!……カランカラン。

鉄パイプが叩きつけられ、転がる。


開幕!!


「ふふふ……ぶっ殺して差し上げますわ」


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