第59話 6番目のマルス
「……ドレスか!!」
マルスの声が、デュランダルトに響いた。
「はい」
少し笑ってダンが答える。
「しかし、あそこはドレス専門じゃぞ。ユウ坊の“弱者の戦略”とやらでな。ダン君はどうする?」
「僕の手持ちの服の手直しで、なんとかなりませんか?」
「うーん、あとは頼んでみて、あの5人がやってくれるか」
その言葉に、エクシーはまつ毛の影から疑問の目を向ける。
「マルスさんの店ではないのですか……?」
苦々しく、口角を上げるマルス。
「まぁ……行けば、わかる。紹介状も書いてやる。ユウ坊の奥さんだと、強調すりゃいけるかもな?」
ーー転移魔法で降り立った先に、灰色で統一された、武骨な建物が見える。
大陸の覇者。
中央に位置する大国、帝国『セントラル』。
魔王討伐の旗頭。
エクシーはしばし胸にこみ上げるものを噛み締めるように見ていた。
「急ぎましょう」
ダンの声に、ふっと我に返り、走り出した。
ーー首都に入ってから、ダンの顔が険しい。
空気が澱んでいる。重く、湿って、どこか焦げ臭いような匂いさえする。
人々の目は伏せがちで、表情は一様に暗かった。
立ち止まっているダンに声をかける。
「急ぎますわよ」
ダンが小さく息を吐き、歩き出した。
仕立て屋ーー『6番目のマルス』
本当に“あった”。来る途中にダンが話していた内容を思い出し、エクシーは小さく笑った。
5人のマルスの奥さん達の心意気。
曰く、マルスの店と思われたくない。
曰く、理想だけでもマルスに負けたくないから、6番目。
曰く、結局はあの人の名前は入れたい。
曰く、マルスが路頭に迷ったら養ってあげたい。
「世界一の商人が路頭に迷うなんて……」
口元に笑みを浮かべつつ、愛とプライドが溶け合う、その店の扉を開けた。
「……あっ、いらっしゃい」
その女性の声と笑顔で、張り詰めていた空気がふっと溶ける。
「お姉さん、ずいぶんな美人だね」
明るく、でも鋭さを帯びた瞳。
「あ、私はシャイン、よろしくね。お姉さんのドレス、作り甲斐がありそうだけど……」
「シャイン、どうしたの?」
奥から現れた大人びた女性が、エクシーを見て息を呑む。
「ローズ、この人にドレス作ってあげたくない?」
シャインが笑顔で促す。
「ああぁ……こんな美人に作れるなら……」
ハスキーボイスが、静かに熱を帯びる。
「初めまして、ユウトの妻のエクシーと申しますわ」
スカートの裾をつまむ仕草を真似し、優雅にお辞儀する。
ーー暖かく、ほんのり甘いお茶の香り。
ダンは、5人の女性の存在感に気圧され、黙っている。
「じゃ、順番にね。私がベルナ。一番年上さね」
福音を告げるような包容力を持つ、柔らかな笑顔。
「私がローズ、2番目」
ブランデーのように甘く苦い、憂いを帯びた大人の瞳。
「フローラ、三女みたいなもんね」
花が開くような笑顔。
「シャイン、よろしくね」
爽やかで明るい、でもどこか芯の強さがある。
「セレナ、です。よろしくお願いします」
月光のように静かで優しい、その微笑。
「エクシーです。よろしくお願いしますわ」
一瞬の沈黙。
「ユウ坊も、ずいぶんと綺麗な奥さんもらったね」
ベルナが笑い、他の面々もそれぞれに視線を交わす。
「本当は夫も連れてきたかったのですが……今は石積み職人に弟子入りしてまして……」
エクシーの言葉に、女性たちの瞳がわずかに揺れる。
「……わけありですの」
声を落とすエクシー。
フローラが小さく笑った。
「姉さん、作ってあげようよ?」
「待ちな、作ってやりたい気持ちはあるよ。ユウ坊の奥さんだ」
ローズが目を伏せ、ゆっくりとお茶を口に含む。
「こっちも、オーダーが立て込んでいるんだ。急ぐ理由でもあるのかい?」
優しい響きに、深い信頼が滲む。
「三ヶ月後のイーストテリアの舞踏会に間に合わせたい!!」
静寂を破るように、ダンが声を張る。
ーーそして、エクシーは計画の"全部"を話した。
言葉を重ねるたびに、空気が冷え、静寂が深まる。
呼吸音すら聞こえないほどの沈黙。
「……いや……あんたにできるのかい?」
震えるようにベルナが口を開いた。
「ええ、むしろ、物足りないぐらい……私、人類最強なのですわ」
エクシーは微笑む。
――逆に怖がられちゃったかしら……?
そう思いながらも、5人の目からは恐れではなく、期待が見てとれた。
「ただ、ひとつだけ約束しな!」
ベルナが立ち上がる。
「全部終わったら、結婚は祝わせてもらうさ。もちろん、返り血なんてついてない新品のドレスで!!」
ベルナの言葉に、エクシーは頬を染め、髪を小さくかきあげた。
「……結婚式なんて歳じゃないけど……」
恥ずかしそうに、でも確かにうなずいた。