第57話 その名は……。
「さてと、レシピと香水を提供するにあたって、エクシーから一つ要望がある」
おれが口を開くと、エクシーが一瞬固まる。
……これは、まだ話していなかったことだ。
「この香水の名前には、全部『リオン』の名前を入れてほしい」
エクシーがこちらを睨む。
でも、その目は笑っている。
まるで、イタズラを見つけた時の子どものように。
「ふむ……たとえば『リオンの花』とか、そんな感じでいいのかの?」
マルスさんの言葉に、おれはうなずく。
それを聞いて、マルネロが気づく。
「ユウトさん……魔王レオンと一文字違いだよ? 音はほとんど同じじゃないか?」
おお、気づいたか。
「面白いっ!――直接は言わんが、『魔王の香水』をほのめかすのか?!」
マルスさんが眉を上げる。
「これは……逆に欲しがる女性も男性も増えるだろうね」
貴族社会の嗜好に詳しいダンが、満足げに頷く。
「俺たちのふるさとに、ナポレオンという戦争の達人がいてさ、戦場で香水を撒いて死臭を消してたらしいぞ」
「うわぁ……気持ちは分かるけど……」
ダンは思わず顔をしかめながらも、その金額を想像して目を丸くする。
「この香水は測って作ったレシピがあるから、再現性は高い。しかも、原価は一本数千エル程度だ」
「戦争貴族や悪徳貴族から、金を巻き上げてやろうぜ!!」
その言葉が落ちた瞬間、仮拠点に張り詰めたような静寂が訪れた。
最初に声を上げたのはマルスだった。
「……はっはっはっ!!ユウ坊、面白いこと考えるのぉ!!」
静寂を切り裂くように、豪快な笑い声が響く。
マルネロは驚いた顔のまま、ゆっくりと口角を上げ、悪戯っ子のように笑い出す。
「……いいじゃないか、それ。お金で苦しめてやろう」
声には、わずかながら高揚感が滲んでいた。
ダンは目を丸くしていたが、すぐに片方の口角を上げて頷く。
「追放された貴族社会に、復讐できる。影で笑うのは僕らだね」
エクシーはただ静かに微笑んでいた。
その瞳には、獲物を狙うような艶やかな光が宿っていた。
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【おまけ】
ーーその夜、二人の寝室。
「良かっただろ、名前使って」
「もちろんです。あの人が書いたレシピですし……あれは、あの人の暇つぶしの趣味ですから」
エクシーは満面の笑みを浮かべている。
「まさか、100はくだらないどころか、1000種類以上あるなんてな。想像できないだろうな……」
……出会った頃に聞いた話を、思い出す。
「これでリオンの名前は、レオンの名前よりずっと有名になって残りますね」
彼女は、大切なものを確かめるような声で言う。
暖かな部屋の空気に、ほんのりと甘い香りが混ざる。
「ユウくん、お姉さん、今日は打ち合わせになかったから、とってもびっくりしたんですよ」
エクシーはゆっくりと近づいてくる。
「だから、その分、ユウくんの身体をびっくりさせてあげますね……愛情の倍返し」
寝室の光が、静かに消えていった。