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第54話 マルネロの思い出


真新しい木の床の匂いが、新拠点での小さな不安と、大きなワクワクを運んでくれる。


マルネロの目の前には、親分マルスとユウトさんがいて、新しい空間を案内してくれていた。


「ここが、子供のいる未亡人のワークスペースさ」


その言葉に、ほんの少しだけ傷ついた自分がいる。


……母は戦争未亡人だった。

満月のように静かで、そして柔らかく笑う女性――セレナ。


傷ついた心に、母の教えを思い出す。

(5歳の子に言うことじゃないよな……)と思いながらも、しっかりと覚えている自分に小さく笑った。




ーー5歳のマルネロ


母、セレナは静かに、しかし強い意志を込めて親分に意見していた。


「親分は、なぜ武器を国に売って儲けるのですか?」

母の顔は険しい。


「誰かが売らなければいけないからだ」

親分は顔色を変えずに答える。

言葉は優しいが、目は笑っていない。


「では、あなたでなくてもいいのではないですか?」

「武器自体に善悪はない。使う人間の判断次第だ」

……その言葉に、セレナは一瞬、言葉を詰まらせる。


「詭弁ではありませんか……? あなたは、私が戦争でどれだけ苦しんだか知っているでしょう?」

「ああ……知っている。ただ、戦争には守る戦いもあると知っている」

……再びセレナは言葉を失い、視線を落とす。


「セレナ、君の気持ちはよくわかる。だが、私は万能じゃない」

マルネロの表情も曇ったままだ。


「戦争はつらい。守る戦いばかりではなく、資源や領土を奪うための戦争もある……。

もし、来年麦が採れなかったら? その不安から戦争を起こすこともあるだろう……。

しかし、隣国が弱った隙に『奪ってやろう』と考える者もいる。これもまた事実だ」

……セレナはずっと黙っていた。


そっとセレナの背中に手を置くマルス。


「セレナ、今回の選択が完全に正しいとは思わない。

戦争はつらい。誰もが悲しまないのが一番だ。

だが、今回は私がこの選択をした……。

私は全能ではない。君の気持ちも、ちゃんとわかっている……」

その言葉に、セレナの険しい顔が少しだけ和らいだ。


マルスが立ち去ると、5歳のマルネロはセレナに駆け寄った。


「ねぇ、ママ、どうして親分と喧嘩するの? だって、親分、大好きなんでしょ?」

マルネロは、母が親分を好きだと知っていた。


「そうよ。私はあの人の大ファンなの。言い合いが終わった今でも、それは変わらないわ。

さっきのはね、お母さんが『こう思う』って気持ちを伝えただけ。それをどう受け取るかは、親分のお仕事よ」

……首をかしげるマルネロ。


「マルネロには、まだ難しいかもしれないけど……何度でも言うわね」

母がまっすぐこちらを向く。


「これから先、あなたに意見する人が出てくるかもしれない。

そのとき、すぐに『傷つけられた』とか『攻撃された』と思ってはダメ」

母の目は、真剣だった。


「ちゃんと見極めなさい。相手が本当にあなたを攻撃しているのか、それともただ、自分の思いを伝えたいだけなのかを――」



ーーなぜ、このタイミングで思い出すのだろう……。

自分は、また何か人生の岐路に立とうとしているのか?

心の奥に、小さなさざなみが立っていた。


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