第53話 優しい嘘
カイラ、ミラベル、リリスが帰ったあとの新拠点には、ぽつんと静寂が降りていた。
おれはミノックに残ってもらっていた。
「どうした? ユウト」
少し影を落とした声。
「あぁ、別に悪い話じゃないさ」
「師匠……半年間、ありがとうな」
「いや……こちらこそ、さ」
ミノックの顔に笑顔が浮かぶ。
「これ、弟子のおれから師匠へのプレゼント」
小さな瓶を取り出して渡す。
「これは……?」
おそるおそる受け取るミノック。
「セイントポーションだ」
その答えに、ミノックは目を見開く。
「え……お前、バカか? これ一瓶で3億エルぐらいするだろ……いくらなんでも受け取れねぇ」
おれは一息吐いて、ミノックの目をまっすぐ見つめる。
「これは……おれの、勝手なエゴさ」
思い出す。片足でも“石切職人として生きる”って言い張って、傷だらけになりながらも、何度も岩に登った師匠の背中。
「いや、そりゃ……おれが好きでやってたことだ」
取り繕おうとするミノック。
「でもな、誰でも助けられるわけじゃないからさ。これを渡したことは内緒にしてほしい」
「でも、いいのかよ? 寄り添う杖だろ? これじゃ、施す杖になっちまわないか?」
……仮拠点で過ごすうちに、すっかりうちの方針を理解していたらしい。
おれは少し眉を下げながらも、口元を緩める。
「だからこそだよ。おれは“正しさ”より、“優しい嘘”を選びたいんだ」
ミノックは小さく震えながら、おれの足元にうずくまる。
そして、思わず瓶をぎゅっと胸に抱きしめる。
たぶん、うちのメンバーも、足が治った師匠を見て、心の中でおれの“優しい嘘”を許してくれる。
……師匠の幸せを願わない弟子なんて、きっと、世界のどこにもいない。