第52話 拠点完成
出勤組を見送った後の仮拠点の静けさを破るように来客が現れた。
「おはよ〜、ユウくん」
「おはよう、カイラ。珍しいな、朝から来るなんて」
「え、だって、リリスちゃんとミラベルと一緒に拠点見に行くんでしょ?」
カイラがわずかに眉を上げ、口元をいたずらっ子のように緩めた。
「…カイラ姉ちゃん、おはよう」
半年前には絶望の淵で枯れかけたユリの花が、確実に瑞々しさを取り戻していた。カイラの顔が思わずほころぶ。
「おはよう、リリスちゃん」
あまり背の高さが変わらないカイラが、リリスの頭をそっと撫でる。
「カイラ、やっと完成だ」
おれの師匠、ミノックが誇らしげに背を伸ばす。
「じゃ、行きましょうか?」
ミラベルの目も期待にキラキラしていた。
朝の空は高く澄み渡り、頬をなでる風がほんの少し冷たく心地よい。
リリスはミラベルに手をつながれ、顔には小さな笑みが浮かぶ。
「ミノック、すごいね、ほぼ片足で歩いてる」
カイラが思わず声をかける。
ミノックは少しだけ振り返り、照れくさそうに鼻を鳴らす。
「フン、師匠なんだから当然だろ……」
丘を登ると、石切場。
そこには、小さな田舎の小学校くらいの大きさの建物。全て石造りだ。
「あれさ……」
おれと師匠、半年の力作だ。
「おっ、デカい」
カイラが目を見開く。
リリスもうんうんと小さく頷く。
「そうね…」
ミラベルの口角が上がる。
おれ、師匠、カイラ、ミラベル、リリスの順に入り口をくぐる。
「まずは食堂だな……」
「うわぁー、テーブルがいっぱい」
ミラベルの声が上ずる。
「これから、ここでみんなでドンチャン騒ぎできるな」
思わずビールで乾杯するところを想像してしまった。
「ユウトさん、いきなり食堂を酒臭くしないでくださいね」
ミラベルがクスクス笑う。
「樽一本からにしよう?」
カイラもいたずらっ子みたいな顔。
「いいな?! それ、新築祝いだ」
ミノックも嬉しそうにその話にのる。
リリスも小さく笑う。
「次は大浴場だ」
ここはおれが苦心した場所だ。
「こんなのいらないって言ったんだけどよ」
ミノックが苦笑する。
この世界では水浴びかシャワー文化、風呂は貴族のものだ。
「いや、うちの故郷の文化なんだ。みんなで湯船に浸かって、世間話をする――それがたまらないんだ」
日本人の心だ。譲れない。
「ボクはけっこう好きかも?」
カイラは裸の付き合いが好きと。
「私は……恥ずかしい」
ミラベルが頬を赤くする。
リリスも小さくうなずく。
そんな感じで二階のワークスペース、教室を案内。
三階には事務室と会議室。
そして、石畳の階段を下へと降りていく。
「うわぁ〜」
駅の地下通路のように長く伸びた空間が、石の壁や木の壁で、いくつもの個室に仕切られていた。
「寝室……?」
ミラベルがその静かな雰囲気に小さく声を落とす。
「そそ、もう人数重視」
ロックワームの穴を活かした作りだ。
「何人いけるの?」
カイラが人数を気にする。
マルスさんから話を聞いているのだろう。
「まずは、五十人いける」
その声にカイラが小さく息を吐く。
「静かで、ゆっくり眠れそう」
ミラベルが小さく笑う。
コクコクとうなずくリリス。
「ボク、夜の仕事だからさ。昼間ここで寝ようかな? ね、リリスちゃん、一緒にどう?」
その言葉に苦笑いのリリス。
嫌じゃなさそうだけど、昼間に寝るのはちょっと……という顔。
「ユウくん、ここ、いくらかかったの?」
カイラが小声で聞く。
「うん…300万エル」
「……300万エル?!」
「うん、師匠の滞在費と食費も拠点持ちにしてたからな……」
常にミノックが仮拠点にいた。
「積み方と石の目を教えてもらった技術料が月10万エル。積むのと割るのは全部おれだ」
魔法を使いっぱなしで、重力魔法が上達した。
「材木は、エクシーにダンジョンで切り倒してもらったものを持ち込んで、200万エルの格安。他の細かい費用も入れて、300万エル」
桁の大きさに、さすがのカイラも口をぽかんと開けた。
そして、おれには――弟子としての最後の一仕事が、まだ残っていた。