第51話 贖罪(しゃくざい)と蜘蛛の糸の10万エル
香ばしい腸詰とビールに、魔力灯のオレンジの光。
マルスは小鳥亭で、アイドルを待っていた。
「こんばんは」
マルスのアイドルがやってきた。
「カイラちゃん、いらっしゃい」
小鳥亭のおかみさんも嬉しそうに答える。
「マル爺、待った?」
カイラの声には温かみがある。
「いいや、今来たところじゃ……おかみさん、ウィスキーをもらえるか?」
「待ってないのに、ボクが来た瞬間にウィスキーに変えるの?」
クスクス笑うカイラに、思わず目尻が下がる。
「カイラちゃんは飲まないのかぃ?」
「もう、すきっ腹にウィスキーは……ワインもらえる?」
「じゃ、ワシもワインで……」
「ほら、マル爺、ミラママ(ミラベルのママ)困らせないの」
「そうじゃな、じゃあ両方もらおうかのぉ〜」
二人は小さくグラスを合わせた。
「マル爺、奥さんに大丈夫なの?」
「うーん、ま、来年にはこっちに来たいとは言ってるが……まだ拠点がないしの」
その言葉に、カイラの視線が落ちる。
「そういうことじゃなくて、ボク、こう見えてNo.1娼婦なんだけど?」
「ワハハ、そういうことか? 大丈夫じゃ。
カイラちゃんは一人、うちは五人じゃ。
五対一では、もう何もかも違うぞぃ」
「ヘンタイ、そういうことを言ってるんじゃなくて……」
笑うカイラ。
「でも、こんなに健気な子をほっといたら、アンタ、何してるんだいって怒られちまうぞ」
カイラは一瞬、言葉を失ったようにマルスを見つめ、その目にかすかな潤みが浮かぶ。しかし、すぐに笑顔でフタをする。
「健気? 初めて言われたよ……なんでさ?」
声は消え入りそうだった。
「今の時期、一番辛いのはカイラちゃんじゃろ」
目の奥で『寄りかかってこい、遠慮するな』と訴えるようだった。
「辛いよのぉ。みんな助けたいカイラちゃん……」
ゆっくりとウィスキーグラスを回すマルス。
「でも、ユウ坊もミノックも頑張っている……ましてや、ミノックを紹介したのはカイラちゃんじゃ」
「うん……」
そっと心を差し出すように、小さく頷く。
「ユウ坊の答えはどうじゃった? 期待以下か、期待通りか?」
カイラの眉が下がり、少し歯を食いしばるように上を向く。
「期待以上……」
そんなカイラをマルスは温かく見つめる。
「カイラちゃん、ジジイの前では強がらんでもいいぞ」
この人に奥さんが多い理由がわかったカイラ。
……強がりで仕舞い込んだ心を、そっと差し出した。
「マル爺、リリスをファミリーに連れてくる前にね……その前に……。
あの子も、その子も、連れてきたかった!」
「うんうん……」
「でもね……ムリなんだよ、現実問題無理なんだよ。
ユウトに急いでなんて言わない方が上手くいくのもわかってる!」
助けたい心、そして現実、自分の心……天秤の皿の数は二つしかない。
三つの狭間で、マルスの孫ぐらいの子が苦しんでいた。
一人目はどんな子だったか。
二人目はどんな子だったか。
カイラの心の謝罪が続く。
「カイラちゃん、頑張っちょるな。
ジジイでも、同じ考えをして、同じ対応をするな」
魔力灯がゆっくりと揺れた。
「でも……」
もう、カイラは涙を堪えていなかった。
「提案じゃ。
ワシがユウ坊から預かったお金がある。そこから支度金を出してあげよう?」
「支度金……?」
「そうじゃ。デュランダルトに来る子には、支度金を持ってくる子もいる……生き延びて欲しい……これはもう、願いのお金じゃ」
「うん……」
カイラもわかった。
「相場は10万エル……」
「よく聞くね」
「でも、カイラちゃんのところに来る子は、逃げてきた子ばかりじゃろ」
「うん……」
「だから、カイラちゃんからそっと10万エル渡してあげよう。
『お姉ちゃんのヘソクリだからね』って言って、絶対に内緒だよっ!!
それで、明日も一緒に頑張ろうってな」
カイラの目に大粒のしずく。
「これ、使っておくれ」
そう言って10万エルの小包を10数個取り出すマルス。
「……ありがとう」
小鳥亭に優しい時間が流れる。
「これはワシの持論なんじゃが……」
前置きして、マルスが続ける。
「10万エル渡したら。
今度は美味しいお酒飲んで、
仲間と笑って、ゲームして、
美味しいもの食べて、
好きな人と肌を重ねて眠るのさ。
遠慮しちゃダメだ」
でも、とカイラの顔が曇る。
「君が君を一番大事にしてあげないとな。
くれぐれも、自分を責めちゃいけないよ」
クイッとウィスキーをあおる。
「だって、優しくしてあげた人が不幸になっちゃったら、それこそ救いがないじゃないか?
頑張る希望がないじゃないか? ……なあ」
カイラの心の謝罪は、いつしか消えていた。
デュランダルトのNo.1はこの日、初めて、自分を赦してあげたのだった。