第50話 ファミリーでの生活
――ミノックにとって、ファミリーでの生活は異質だった。
煮込み料理とパンの食欲を刺激するにおいが漂う、ファミリーの拠点。
「「「ただいま〜」」」
「ただいま」
朝出ていった冒険者たちが次々と戻ってくる。ユウトが厨房で料理をしているのが見える。
「なんだよぉ〜今日はユウトさんの飯かよ〜?」
新人三人組の軽口。
ミノックのことを師匠と呼んでくれるが、雇い主でもあり、ファミリーの長でもある。慣れなくてヒヤヒヤする。
「嫌なら食わなくていいぞ」
笑いながら答えるユウト。
「お前ら、戻ったらまず道具の手入れだろうがっ!!」
ジジさんの檄が飛ぶ。
「はーい」
道具の手入れを怠るのはデュランダルトではよくあったが、ここではちゃんとやっているらしい。
手入れが終わった後、パンを煮込みに浸して食べる。
ミラベルとは違うが、うまい。これには正直びっくりだ。
普通、長が自分で料理はしない。
新人たちが、おれの話を楽しそうに聞いてくれる。
「へ〜、まだ1部屋目の途中なんだ?」
「ばか、2人でやってて、これでも嘘みたいに早いんだぞ!」
おれは思わずムキになって答える。
「いや、信じるよ、ユウトさんだもん」
「だよな、あの人ヤバいよな」
右手に座る新人が言う。
「エクシーさんもヤバいだろ」
左手の新人も同意する。
……エクシーさんか。ユウトの奥さん、あれはヤバいぐらいの美人だよな。
そんな話をしていると、貫禄のある老人が入ってきた。
「こんばんは」
ジジさんと話していたユウトが振り返って挨拶する。
「おぅ、ユウ坊。今日はカイラちゃんがいる日じゃと思っとったが?」
この人が世界一の商人、マルスさんだというから驚く。
「相変わらずカイラ好きだな」
ジジさんが茶化す。
「ハハハ、孫みたいでかわいくてな」
軽く笑うマルスさん。
「ミラベルだって同い年ぐらいだろ?」
ユウトが突っ込む。
「ミラちゃんにはお母さんがいるだろ」
……孫のように心配してるんだろう。
確かに、カイラにはお店にいた頃からどこか寂しさがあった。
「それがよ、今日は仕事だってさ」
ユウトが答える。
「珍しいのぅ。あんなにここに寄るのを楽しみにしてるのに」
眉を上げるマルスさん。
「昼間のリリスちゃんを連れてきたのが関係あるのかもな……」
「ふむ……ユウ坊、まずは酒だ。付き合え!」
「まだ片付けが残ってるよ……ミノックさん、ごめん、マルスさんに付き合ってくれるか?」
マルスさんはおれの話もニコニコ聞いてくれる。嫌じゃない。
「「「あぁーいいなー」」」
三人組がそろって羨ましがる。
「お前ら、まだはえーよ。今度誘ってやるから今日は早く寝ろ。もしくは洗い物してくか?」
ユウトの言葉に、三人は食べ終わったらそそくさと帰っていった。
ーー「ってなことがあってよ、ユウトにカイラが**もっと受け入れてくれないか?**って言っててさ」
おれが昼間の話をすると、マルスさんはうんうんと頷きながら聞いてくれる。
「ありがとよ……ユウ坊も無理し過ぎるなよ」
マルスさんがキッチンに声をかけ、ユウトは手をあげて応えた。
ーー鳥の声、いつも通りの朝。
「おはよう、ミノックさん。あちゃー、少し酒くさい」
ミラベルが来て、窓を開けて空気を入れ替える。リリスちゃんは入口近くにポツンと立っている。
「しょうがねぇだろ、マルスさんが飲ませるんだから」
「もぅ……でも、おじいちゃんみたいで何も言えないんだよね」
わかる気がする。世界一の商人は世界一の人たらしだ。みんなに愛される理由がある。
「リリスちゃん、テーブルの椅子を整えてくれる?」
声にノロノロと動くリリスちゃん。そして椅子を持ち、置こうとする途中で立ち止まり、またポーッとする。
新人三人組が来て、いつもの朝ごはん。遅れてダン君が来た。
「ダンさん、昨日は?」
新人が聞く。
「ん? 彼女とご飯」
「いいなぁ〜、何人いるんだよ?」
「うーん、二人?」
……そんな軽口の後、文字が書かれた木の板を取り出すダン君。
「じゃ、復習からな。この文字は?」
文字の勉強が始まる。
……偉いなぁ。おれ、読み書きできねーんだよな。羨ましいなぁ。
でも、恥ずかしいよな。
手を見つめ、開いたり閉じたりする。
フッと息を吐いて、杖をついて立ち上がる。胸が鳴る。
「……なぁ、おれにも文字を教えてくれないか?」
声は小さく、顔が真っ赤になるほどだ。
みんなの視線が刺さるように痛い。
思わずうつむく。
ダン君が目をぱちくりと瞬いた。
少し息を呑み、口元に笑みを浮かべた。
「いいけど、お金もらうからな」
言葉とは裏腹に、その目の奥は、優しかった。