第49話 絶望のユリの花
トントン。
ミノックの朝は、うるさ過ぎないよう気を遣ったミラベルのノックで始まる。
ガチャガチャ。
鍵の開く音。
「おはようございます」
キレイな笑顔。
「……ふぁ、おはよう」
ミラベルちゃん、相変わらず可愛いよなぁ、なんて思いながら、脇をボリボリかくミノック。
「ミノックさん、今日から新しい女の子も来ますから、だらしないのはダメですよ」
小言が返ってくる。
「へいへい……」
テキパキとテーブルに朝ごはんを並べるミラベル。その間に顔を洗うミノック。
「おはよう」
ダン君が来る。男から見てもイケメンスマイル。
どこぞのダンジョンに行くか、ミラベルと話している。
朝食を食べ終え、
「いってきます」
と出ていく。
「おはようさん」
「「「おはようございまーす」」」
ジジさんと、いかにも駆け出しの3人組が来る。
朝食を食べ終えた面々が、
「いってきまーす」
と出ていく。
「なぁ、宿で朝ごはん出るだろ?」
思わず聞くミノック。
「ね、でも、どこに行くか知ってる人がいるって、嬉しくない?」
小言とは違う、柔らかな笑顔。
「ミノックさんは、今日もユウトさんと?」
「ああ、あいつ、師匠とか呼ぶからよ」
声が弾む。確かに……聞いてもらうのは悪くない。
ーー夕方、ユウトにおんぶされて拠点に戻る。
そこにはミラベル、カイラ、そして一人の少女がいた。
「ミノックさん、久しぶり」
カイラがちらっとこちらを見た。
……そうだ。
「おおぅ、ありがとうな。いつぞやは紹介してくれて」
お礼を言ってなかった。
「うん、ミノックさん、常連さんだったしね」
カイラが小さく笑う。
「お、カイラ、新しい子か?」
ユウトが声をかける。
「そそ、リリスちゃん」
カイラがそっと、手を添えてユウトの方に少女を立たせた。
ミノックの目には、その手つきが、朽ち果てそうなユリの花をそっと差し出す仕草に見えた。
――触れただけで崩れてしまいそうな、か弱い花。
ユウトは思った。
目に光がまったくない。
深海のような……絶望。
「こんにちわ。オジサン、ユウトって言うんだ」
「……」
無言で、わずかに反応するようなしないようなリリス。
「そこのお姉ちゃん、優しいから、安心しなよ」
ミラベルの方を指して言う。
「そそ、お姉ちゃん、リリスちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったんだぁ〜」
「ユウくん、今日はミラベルと役割交代いける?」
カイラに聞かれる。
「まぁ、料理は一通りできるが、男料理だぞ。期待するなよ」
師匠に目線で合図を送る。
「さすが、ユウくん……」
もと中年一人暮らし。料理くらいはできるさ。
「じゃ、今日はリリスちゃん連れて、先にあがるね」
ミラベルがそう言いながら、そっとリリスの手を取る。
ビクっとして、その後、ギュッと握りしめるリリス。
――唯一の小さな希望に縋るように。
「リリスちゃん、今日から一緒に暮らす、お姉ちゃんのお家、案内するね」
ゆっくりとミラベルと歩き出し、扉を閉める前に、こちらを見て小さくお辞儀をして、出ていった。
「あの子、何歳だ?」
ユウトがカイラに聞く。
「16歳って言い張るけど……多分、生理始まってない」
11、12? もっと幼いかもしれない。
「ユウト、もっと早く拠点を大きくならない?」
カイラに頼まれる。
……。
ユウくんじゃなく、ユウトと呼ぶカイラのお願い。
……一瞬、沈黙が落ちる。
……想いがズシリと心にのしかかった。