第46話 石切場にて
崖の下に、大小さまざまな石や岩が転がっている。ヒゲの男たちがノミを打つキンキンという音が響いていた。
たまたま声をかけた男が、南の石切場出身だった。
「そうか、ミノック、元気なかったか」
そこには恨みのない、人の良さがにじんでいた。
「ああ……でも、彼だけなんで南に残ったんだ?」
「元々、変化が苦手なのさ。本当は、親方は北にみんなで行けるように頭を下げてくれてた……」
男は悲しそうに空を見上げる。
「条件は良くなかったが、みんなで頑張ろうって……」
「南の親方は、こっちに来るつもりだったのか?」
男は何か言いかけて、飲み込んだ。
「今となっちゃ、何が本当かはわからない。ただ……親方とミノックが南に残り、親方は死んで、ミノックは片足を失い、生き残った。それだけさ」
男は顔を伏せる。
「部外者なのに、言いづらい話を聞いて悪かったな」
おれは軽く頭を下げた。
「ああ、いいさ。だったら……少しでもミノックのためになってやってくれないか」
その一言に、あの杖の意味を思い出す。心配と想いの証だった。
「何ができるかわからないが、考えてみる」
石切場の音がやけに耳に残る。冷たい風が頬をなでた。
「じゃ、そろそろ戻るさ。元南出身は認めてもらうまで一苦労でな……肩身が狭いが、それも元気に働けるからこそだ」
そう言って、石を運ぶ列に加わった。
おれも歩き出す。
「ミノックは恨んで、相手は心配しているんですね」
エクシーがポツリと呟く。
「そんなもんさ。優しさって、全部が届くとは限らない」
胸に小さなシコリができた。
石切場の冷たい空気が、やけに沁みる。
ーー
南の石切場には、大きな穴が空いていた。
エクシーに重力魔法で体を軽くしてもらい、ふわりと穴に降り立つ。
「ライト」
小さな灯がつく。生活魔法のライト。子供でも使える簡単な魔法。
エクシーが壁に触れる。
「……これ、カチカチですね」
「ああ、崩れそうで崩れない。ロックワームの体液でコーティングされてるんだ」
指でなぞると、つるっとして磨き上げた石のようだ。
「エクシー、空気穴を開けられるか?」
「もちろん、異次元カッター!」
シュッと音が響き、切り取った天井は異次元空間へと消える。
パッと月明かりが差し込んだ。
「……すごいな、やっぱり」
「ふふ、切れないものはないですよ」
「トンネルも掘れるのか?」
「掘れますが、崩れます。ロックワームみたいに固めながらじゃないと」
暗い通路を見回す。
「なぁ、ここ……寝室に使えそうじゃないか?」
「寝室……? 陽の光は入らないですよ?」
「寝るだけならいい。外に共用部分を作れば、陽の光はそっちで浴びればいい」
エクシーが壁を見つめる。
「……確かに。眠るだけなら十分です。ここなら人数が増えても対応できます」
「孤児院の子供も住めるし、俺たちの部屋も作れる」
未来の配置を思い浮かべると、胸が高鳴った。
「でもこれ……地上の獲物を、下から食べるための穴だよな」
「そうですね」
「退治しとかないとな」
「はい、任せてください……その前に」
開けた空気穴を再び塞ぐエクシー。
「どうやったんだ?」
「異次元収納からコンクリを出して、土魔法で固めました」
「土魔法でコンクリ使えるのか」
「ええ……」
「じゃあ、拠点の壁も……」
「ただ、量が……足りません」
エクシーは一呼吸置いて、ロックワームを探しに歩き出した。
ーー
ロックワームを倒し、外に出ると、月が静かに照らしていた。
「なぁ、重力魔法で試したいことがあるんだが?」
……考えを話すと、エクシーの顔がぱっと明るくなる。
「面白そうですね」
ミノックにロープを垂らしてやりたいと思っていたのは、おれ一人じゃなかった。
熱を帯びた頭を、夜風がそっと冷やしてくれた。