第45話 カイラからの挑戦状
おれは仮拠点で、ダン君と対戦型のボードゲームをしていた。
エクシーとミラベルは、料理の話で盛り上がっている。
扉の開く音。
「寄り添う杖っていうのは、ここかい?」
片足が無い男が杖をついて立っていた。
「ああ……」
おれと同じ小柄で、日に焼けた外仕事の体つき。ひげを生やし、髪はボサボサ。
「カイラからの紹介でな……ここなら、何とかしてくれるって聞いてよ」
目の前に髭のボサボサ男。
右隣にエクシー、少し離れてダン君とミラベル。
「なぁ……あんた、おれの脚、治せるのか?」
座った途端、消え入りそうな声。
「……? おれはアンタのこと、何も聞いてないぞ」
「……カイラから何も聞いてないのかよ?」
「聞いてない」
……沈黙。
「おれはユウトだ。アンタは?」
「ミノックだ」
目に光がない。
「なんで脚がなくなった?」
「ロックワームさ」
「……?」
「石を食う魔獣だよ」
ミラベルが補足する。さすが元ギルド職員。
「ああ、そいつが職場に出てきて、親方とおれの右脚を持っていきやがった」
斜めを見ながら、ミノックが吐き出すように言う。
「職場……?」
「石切場さ。この店だって、親方と一緒に建てたんだ。いい作りだろ?」
あらためて店を見渡す。隙間のない積み石。確かに腕はいい。
「それがよ、今じゃこのザマさ。……なぁ、アンタ。
石を運べない石職人が、生きていけると思うか?」
声がさらに細くなる。
「立って石に登れない……石職人がどうやってノミを打つ!?」
「アンタだけか? 生き残りは?」
「……?」
「それとも、二人の職場だったのか?」
「いや、他にもいたが……みんな北の石切場の犬になりやがった。親方を裏切ってな」
わずかに混じる、恨みの色。
「アンタ……おれの脚、治せるのか?」
まっすぐ目を見てくる。
ふーっと息を吐き、口を閉じる。
「今は……治せない」
しなだれるように、ミノックの表情が崩れる。
ノロノロと立ち上がる。
「……そうかぃ。少しは期待しちまった。……でもよ、なんでだろな。脚があればって……バカみてぇだよな……親方を助けられなかったくせによ……」
「待って」
ミラベルが駆け寄る。
「この杖、いい杖ね」
「え……?」
怪訝な顔をするミノック。
「B級かA級の魔物の骨でできてるわ。少なくとも4〜5万エルはする」
「……そうかぃ? 北の石切場に行ったやつが置いてったんだ」
「少なくとも……心配してない相手には贈らないわよ?」
ミノックは戸惑い、また歩き出した。
「こっちでも、何かできないか考えてみるよ」
思わず背中に声をかける。
ミノックは小さく頷き、ゆっくり出ていった。
「ッバタン」
扉の閉まる音。
「治してあげちゃえば良かったじゃん?」
ダン君が無邪気に言う。
「セイントポーションをドロップさせて、か?」
「そそ、ユウトさんならできるでしょ?」
「できるさ。でも……うちの組織は杖であって、乳母車じゃないんだよ」
絞り出すように答えた。
ダン君は首を傾げる。
「ユウトさん、言葉が足りないですよ。
ほどこしをする組織じゃないってことです」
エクシーが補足する。
「私は……わかるよ」
ミラベルが小さくつぶやく。
「でもさ、弱ってる人を助けたいんだろ? そのために強くなったんだろ?」
ダン君がなおも食い下がる。
「あぁ……弱ってても、立ち上がる意思があるやつを助けたいんだ」
「そんなの、助けないための言い訳じゃないのか?」
「ダン君、セイントポーション、いくらか知ってる?」
ミラベルが助け舟を出す。
「え……?」
「市場価格で3億エル、いやもっと。私も見たことない」
「え? え? えっ!?」
「3億あったら、もっと多くの人を助けられる。
それに困った人が出るたび、毎回3億渡すのか? それじゃ違うだろ?」
本当に力って罪深い。
「私は、ユウトさんが出さなくてよかったとも思うし……ミノックさんの苦しさもわかる……」
ミラベルが視線を落とす。
石壁を見る。
這い上がらせてやりたい。抱きかかえるんじゃなく、ロープを垂らしてやるように……。
――これが、カイラからの挑戦状に思えた。