表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/95

第43話 カイラとエクシーの秘密の夜


ーーーカイラのお話


カイラの父親からの“しつけ”は、少し変わっていた。

優しく頭を撫でてもらいたかった。

けれど、重なるたびに「これが愛なんだ」と教わった。

気づけば、それが欲しくてたまらなくなっていた。


それでも、ずっと言うことを聞いていたのに、父は帰ってこなくなった。


しばらくして、近所の男が泊めてくれるようになった。

口は悪かったけれど、殴られることはなく、毎晩一緒に寝てくれた。

「必要とされている」という実感が、唯一の安心だった。


男は言った。

「デュランダルトで稼ぐぞ!」

そうしてカイラを連れて、この猥雑な街に来た。


けれど、その男もすぐに帰らぬ人となった。

男を探してギルドに飛び込んだが、説得され、押さえつけられ、結局は弾かれた。


「もう……一人はやだよぉ……」

雨の中をひとり歩く。

誰か、誰でもいい。一緒に寝て欲しい。

もう、一人はいやなんだよぉ……。


「あら?……どうしたの、ボクちゃん?」

「ボク……?」

「あら……?」

目の前にいたのは、とても綺麗な人だった。

雨に濡れたカイラを、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。


デュランダルトNo.1娼婦――「マリア」。


マリ姉は、最初はカイラのことを男の子だと思ったらしい。

お風呂に入れてくれて、一緒にご飯を食べて、仕事のない日は同じ布団で眠った。

あのときほど安心して眠れた夜は、後にも先にもない。


けれど、マリ姉が仕事でいない日は、寂しさが堪らなかった。

「マリ姉、ボクも仕事していい?」

マリ姉は、眉を下げながらも微笑んでうなずいた。


ボクはすぐにNo.2になった。

男の人と夜を越すのが好きだった。心地よくて、寂しさが紛れた。

そして、相手がどうして欲しいのか、どうすれば喜び、悲しみ、夢中になるのか――全部わかるようになってしまった。


いつしか、マリ姉と一緒に寝ることもなくなり、そして彼女はお嫁にいった。


「ごめんね、カイラちゃん。私だけ先に出て行くね」

「……なんで謝るの? ボク、この仕事、好きだよ?」

久しぶりに抱きしめてくれたマリ姉。

ああ――もっと一緒に寝ればよかった。


それが3年前。


ボクはすぐにNo.1になった。


今でも、一人で寝るのは得意じゃないけれど、あの頃よりはずっと元気になった。

『小鳥亭』で一人酒をできるくらい、大人の女性になれたんだ。

マリ姉、元気かな。今度一緒に飲みたかったな。


ーー扉が開く。


息が止まった。

そこに立っていたのは、絶世の美女だった。


「こんばんは」

この女性を一言で表すなら――セクシー。

もうそれしか思い浮かばなかった。


エクシーと名乗るその女性は、毎晩、ある男を鍛えているらしい。

そして、疲れて眠ってしまったその男を置いて、こうして飲みに来たのだという。


「それって、どんな鍛え方なの?」

「秘密ですけど、私のために頑張ってくれて……もう、たまらないんです」

きっと、セクシーなトレーニングに違いない。

こんな美女に手を出さない男なんて、どんなバカだよ……。


ーーその時、店の扉がいきなり開いた。


「カイラ、ここにいた! マリ姉が……死にそうだって!!最後に、アンタに会いたいって!!」


空気が一瞬にして鉛になった。


呼んできた子と一緒に走る。


お店があるエリアよりも暗い路地。

言い方は悪いけど、安い娼婦たちが集まるエリア。


どうして――?


走りながら、話を聞いた。

マリ姉は旦那に暴力を受けて片目を失い、そしてデュランダルトに逃げてきた。


どうして――?


「アンタに迷惑かけたくなかったらしいよ」


どうして――?

ボクはNo.1だよ。借金してでも、マリ姉の目を治したのに。

どうして――?


「性病をうつされて、安い給料じゃ治せなかったみたい……」


もう、なんで――。

もう一度会いたかった。


「もう……一人はやだよぉ……」


飛び込んだ先に、マリ姉がいた。

でも、そこにあったのは、ほとんど面影のない姿。


「ボクちゃん、また泣いてるの?」

ボクはマリ姉に抱きついた。

「ダメだよ、カイラ、移っちゃうよ……」

マリ姉の声。なんで……マリ姉だって、あの日、ずぶ濡れのボクを抱きしめてくれたじゃん――。


ダメだよ……いかないで、お願いだよ……。

一人は……もう、いやだよぉ……。



「カイラ、いい?」

エクシーの力強い声が背後から響く。


「え……」

「絶対に秘密ね。守れるなら、その人を治してあげる」


ボクは何度も、何度もうなずいた。

もしエクシーが悪魔なら、魂でも何でも差し出していた。


エクシーの手が触れると、マリ姉の体がみるみるうちに蘇っていった。


あの日のデュランダルトNo.1娼婦――

「マリア」が、そこに戻ってきた。


これが、ユウくんと出会う前の、ボクとエクシーの出会いの夜。

それからというもの、エクシーは娼婦や男娼たちの性病を、ひっそりと治す人になった。

ユウくんには、まだ内緒。


私とエクシーだけの、ひみつの夜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ