第38話 プロローグは静熱
重いようで、どこか温かい。
それでいて、ひとつ間違えば割れてしまいそうな――そんな空気が部屋を満たしていた。
円形のテーブルに座るのは。
ジジ
ミラベル
カイラ
エクシー
ダン
マルス
マルネロ
初めましての者もいるからか、表情は少し固い。
……それにしても、我ながらよくこんなメンツを集めたもんだ。
うまくいくか……手のひらにじわっと汗がにじむ。
今回の計画は、ミラベルの「貴族って何?」の一言から始まった。
なんだろうな、貴族って。
強さって、なんだろうな。
さて――始めよう。
「事前にみんなに話した通り、ここに集まったみんなで……おれは“人助け”がしたい」
小さく息を吐く。
人助けなんて、面倒なだけ。
そう思わせないように、言葉を選ぶ。
「ミラベル、ギルドの窓口で毎年、亡くなっていく新人を見てただろ?
一人で悩んで、どうしたら……って思ったよな?」
彼女は小さく頷く。
「だからさ……俺も一緒に悩ませてくれないか?」
……嘘っぽいか。
「ジジさん、一度、腕がなくなったアンタならわかるだろ?」
「ああ……わかる……。
孫みたいな新人がな……仲の良い子が、次の日には死んでいる……」
ジジさんの眉が悲しげに下がる。
そこにダン君が口を挟む。
「でも、それってしょうがないだろ?」
彼は若い。おっさん二人の感性とは違う。しかも、生まれながらにして“持っている”子だ。
「しょうがないのか……?
ダン君だって、貴族教育を受けてなかったら、生きてこれたか?」
「冒険者に貴族教育なんて、関係ないだろ……?」
鼻で小さく笑うダン。
見かねたカイラが入る。
「ダン……字が読める、計算ができる……こっち来る時の金が違う。庶民からしたら、ズルい」
「いや……だって」
すぐには納得できないダン。
ミラベルが噛み付く。
「それ……死んでいく子の家から、もらったお金でしょ……?
あなた、庶民の税金で生きてきたのよね……?」
ーーーダン君が黙り込む。
すると、年長者のマルスさんが声をあげる。
「アストン家の子じゃったかな……?」
「僕の家を知ってるんですか?」
「……ああ、よく覚えているよ。
ダン君――。
優しさはいつか形を変えて、返ってくる。
そしてな……悪い行いも、いつか形を変えて返ってくるんじゃ」
マルスさんは水を一口飲む。
「君が貴族じゃなくなった時、手を差し伸べてくれる人はいたのかね……?」
彼を孤立させたいわけじゃない。
俺からもフォローを入れる。
「……ダン君、草原の狼を助ける時、自分の剣を貸そうとしただろ……?」
「あぁ……?」
「おれ、嬉しかったぞ」
思わず、誤魔化すように口角が上がる。
「それに、ダン君、自分一人で生きるなら、楽勝だろ?」
少し、ダン君の顔から険しさが抜ける。
「むしろ、ダン君には、ぬるすぎて暇だろ?
な……人助けって、面白いぜ??」
鬼の片腕に入る前の、あの熱狂……思い出せるだろ?
場の空気に、熱が入る。
よし、いけるか……?
ここで油断したら、また崩れる。
考え込むような、その柔らかい空気を壊さないように、マルスさんがそっと声をかける。
「それで、ユウ坊は具体的に何をやりたいのですかなぁ?」
「世直し! このメンバーで、世直しをしたいんだよな」
その一言で、さっきまで柔らかかった場の空気が――固まった。
あれ……?
背中に、小さな汗が伝った。