第25話 優しさの魔力灯
第8話と地続きです、
世界一の商会。
マルセル商会のマルス。
彼の執務室からは、オレンジ色の魔力灯。
「パチパチパチパチ」
球を弾く音が、心地いいリズムを奏でる。
「フ〜」
ため息ではない。
意識して深呼吸をするような、吐息。
ノックの音がして、二人の女性が入ってくる。
「フローラ、セレナ、どうしたんだい?」
「あなたと飲みたいと思ったの」
フンワリと花のように笑う女性。
「そそ、フロ姉さんとおもてなし」
月のようにしっとりと笑う女性。
「あなたじゃなくて、親分と呼べと言っただろ」
「親分、もういいじゃない?」
月のような女性が、かるくうなずくような仕草をする。
「そそ、みんなには“親分”って呼ぶけど、子供がいない時ぐらい“あなた”って言わせてよ」
クスクスと花のように笑った。
テーブルの上には、3つのグラスと、一本のブランデー、そして水差しが静かに並ぶ。
マルスを中心に、右に花のようなフローラ、左に月のようなセレナ。ソファに座る三人。
「あなたは、どうする?」
フローラが、グラスを置きながら、聞いてくる。
「ああ、水割りで……」
と言った瞬間、顔を落とす、マルス。
「いい子だよね、ユウトさん」
察したセレナが話をつなげる。
「こんないいブランデーに水を入れる……?
バカかと思ったワイ」
マルスの言葉に微笑むフローラ。
「それが……今ではアナタのお気に入り」
セレナは、フローラがこの話を聞きたくて、わざわざ高いブランデーを用意してきたことを知っていた。
「そうじゃ……ユウ坊に教わった水割りが、こんなにも旨いとはな……グラスのフチから、ふわぁ〜っと……」
「わたしも、水割り好きよ。あなたの酔い方がゆっくりだもの」
セレナがグラスを優しく見つめる。
「どう……ソロバンは?」
セレナは、また話題をふるのを取られてしまったと思ったが、主人の顔を見て思う。
この顔をみれば結果は同じ……。
「おおぅ……そうそう。ユウ坊からの二番目に大きな"借り"じゃ!!」
魔力灯が声にビックリするように揺らぐ。
「ふふ」
その顔をみて、しっとり笑うセレナ。
「これはな……凄いんじゃ!」
だまって、先を促すフローラ。
「これだけで、もう、どれだけ計算が楽になるか?!」
「そうなの……?なんか、誰でも思いつきそうだけど?」
水割りをコクリとするフローラ。
「これはな、指に覚えこませるのだ」
パチパチ動かすマルネロ。
「そうね、便利よね」
うなずくセレナ。
実は……家族で一番上手なのはセレナだったりする。
でも、主張しない……。
「あとは楽しいのじゃ、間違えたら悔しい、早く計算できたら嬉しい」
「本当に……」
ーー魔力灯がゆっくり揺れる。
「その証拠に子供達みんなに大好評じゃ」
「フフフ」
セレナが小さく笑う。
「バカね……子供達が、みんなソロバンが好きなのは、アナタが好きだからよ」
魔力灯がブランデーを通して、優雅に揺れる。
「まぁ……その……なんじゃ?そういえば、一番下のマルネロはいくつじゃ?」
「ボケるには早いじゃない?今年、16。もう成人よ」
フローラの言葉にセレナの顔が小さく崩れて、そして。
「アナタ……あの時から……マルネロを一緒に育ててくれてありがとう」
……。
……。
「セレナ、お礼なんて言わなくていいわ。マルネロは私の子、みんなの子、ね……」
「おおぅ、そうじゃ」
「しかも、この人は、ただの女好き、鼻の下伸ばしちゃってさ」
「そうじゃ、ワシの女好きは病気みたいなもんじゃ」
笑うマルス。
セレナは知っている。
マルスが小さい頃に女手一つで、育ててくれた母親を早くに亡くしている事を……。
髪の毛をかきあげるフローラ。
「ほら、セレナ、これから、もっと鼻の下伸ばさせてあげましょうよ??二人で」
「ワシ、けっこう歳なんじゃが……」
そう言いつつ、残った水割りを飲み干す。
「あっ、そうだ、忘れてた」
セレナは要件を思い出した。
「うん?どうした?」
マルスが首を傾げる。
フローラも思い出したようだ。
「そうそう……うちの商会を偽る偽物が現れたって噂よ」
「最近……そこそこ、おるのぉ」
「でもね、その場に黒髪の美少年が現れて、『親分の名を汚すな』って言ってボッコボコにしたんだって」
フローラが嬉しそうに言う。
「……あいつ、生きとったか……?」
ーー執務室の魔力灯がゆっくりと消えた。