第2話 目覚めたら……
開いた扉の先は、暗く、よく見えない。
その中に――輪郭だけが美しく浮かぶ。
「……目が覚めましたか?」
静かで、優しいが、どこか人ならざる気配を含んでいる声。
咄嗟に警戒し、少し起き上がろうとする。
「動かない方がいいですよ。まだ、傷が完全じゃありませんから。」
(間)
おれは、その女性から目が離せない。
暴力的な美だった。男の目線を有無を言わさず、引き寄せる美。
『目覚めたら美女』
……詐欺って言われた方がまだ納得できる状況。身体はさらに強張る。
「アァ……」
喉が詰まる、息が通らない。
「ずーっと、寝ていたから喉が渇いているのかもしれないですね……」
そう言って、彼女がコップに水を入れてくれる。
そろそろと、震える手で、水を運ぶ。
水が喉に流れていく。なのに、胸のつかえは取れない。
「エクシーと言います、はじめまして」
穏やかな笑顔に、油断するな!と頭の奥でアラートが鳴る。
「きみは……敵じゃないのか」
小さな声を出す。
「そうですね。敵でしたら、寝ている間に"プスり" ですしね。」
優しい言い方に──言われてみれば。
少し、身体の力が抜ける。
エクシーが口を開く。
「あなたの名前は何ですか?」
「ああ、自分は『ユウト』と言います。」
その返しに、彼女が「ニヤッ」と笑う。
「名前に、その黒い髪に目、あなたは"ニホンジン"ですよね」
息が止まる。
「ふふ……大丈夫ですよ、ちゃんと私も日本語話せますから……?」
(それは、紛れもなく日本語だった。しかもネイティブで、訛りすらない)
会社のエレベーターで部下の女性と話しているような日本語。
理屈よりも先に、背筋がこわばった。
しばし、静寂。
……部屋の音がもどってくる。
「このまま、日本語でも構いませんよ」
日本語でニッコリと笑う、彼女。
5年前にこの世界に"召喚"されてから、恋焦がれた言葉。
……そっか。
日本語で喋りたかったんだ。
身体の力が抜ける。
そう思った瞬間、口が勝手に日本語を選んでいた。
「ええと……」
「ユウトさんは20歳ぐらい?」
「見た目だけ若返っちゃって……実際は40歳。
いやーー40で転移して、5年経つから45歳か」
「へ〜〜私は、28歳で召喚された、“魔王の分身”みたいな者だから」
あまりにも自然に言うので、流しそうになった。
……魔王? 分身?
頭の中で、その二文字がじわじわ広がっていく。
冗談には聞こえなかった。
【魔王の分身】のパワーワード。
『目覚めたら美女』ーー幕はまだ、降りてないらしい。