第14話 強さは、怖さ
赤い龍を力技で倒した方法の答え合わせが終わる。
「じゃ、次の部屋いきましょうか?
ーー次は、迅・風牙龍で……」
ノリノリの彼女を慌てて止める。
「ちょっと待って……」
「え……」
一瞬、彼女の笑顔が止まり、表情がかげる。
「エクシーが……キレイでカッコいいのは、もう十分わかった」
彼女を傷つけないように、すかさず褒める。
「でも、日本人だったおれでも、リアルでこれを見せられると……脳がバグって、心がついていかない」
バーチャルじゃない。
リアリティだ。
風、空気、圧。全てが生きている。
ーーそれに、怖い。
あんな理不尽な強さを、目の前で笑顔で披露する彼女が。
ダメだ、絶対に悟られちゃいけない。ここで怖がってるって気づかれたら、たぶん…俺たちの関係はぐちゃぐちゃになる。
「エクシーも……ワザともったいぶってるだろ?」
「フフフ……わかりました?」
「オジサン、あんまりビビらせないでくれよ……」
笑顔でフォローする。
「でも、この後、使う魔法だけ教えてくれないか?」
「いいですよぉ〜」
彼女の顔にも、また笑顔が戻る。
「次に使う魔法は、『異次元カッター』。
異次元収納魔法の容量を利用して……
スパッと、異次元に飛ばします」
……スパッと、ね。
エクシーの視界に入ったら終わり?
ヤバいな、横にいる彼女はいつでも撃てる拳銃以上の凶器を持っていて……。
「……もう、好きな子の心までスパッと奪えたら最高だなぁ……」
「そんなの、味気ないですよ。ジワジワ落としてあげるのが……楽しいんじゃないですか?」
目を細め、甘く誘う笑顔。
ーー少しでも甘いムードにして、照れた顔でごまかす。悟られてはいけない。
「その次に使う予定の魔法は、『絶対零度魔法』」
その後の会話は、愛想笑いと相槌をつなぐことに集中し、記憶があいまいになった。
中年サラリーマンの世渡り力で、どうにか保つ。
心だけは、完全に見破られないように。
ーーギルドに申告したノルマ。
F級ダンジョンを三つクリアした。
「ふー、楽勝だったな」
「そうですね」
彼女が優しい笑顔で髪をかきあげる。
思わず見惚れる、圧倒的美人の彼女。
魔法の事を思い出さなければ、怖さもやわらぐ。
おれの心もいい箸休めになったようで、エクシーとの会話も表情も自然に戻った。
ダンジョンクリアの証、ボスの討伐証明部位を持って、ギルドに戻る。
朝のピークを遅く起きた組を終えたギルドは、どこか静まりかえっている。
手持ち無沙汰でこちらを見る受付のお兄さん。
「どうされました、やっぱり辞めました?」
……ええと。あ、そだ。トーマス、機関車トーマスじゃなくて、トマス君だ。
「いや……三つクリアしました」
ボスの討伐証明部位を出す。
「まさか……誰かにクリアしてもらったってことはないですよね?」
苦笑いを浮かべるトーマス。
また、朝の続きか。
もう、どうしよう。
「あれ、ユウトさん」
ミラベルだ。気づいてくれた。朝はいなかったな。
「おはようさん、な、ミラベルから言ってくれないか。
F級の討伐証明を受付けて、くれないんだ」
チラッとカウンターの上とトマスの顔をみて、状況を判断したらしい。
こんな事でおれは、キレたりしないけど、いい加減面倒なんだよな。
「トマス君、ちょっとまってて」
そう言って持ってきたのは、ハンドボールぐらいの魔力測定水晶。
「これで、魔力測ってみれば、ユウトさんの強さがわかるよ」
ーー何度か、やったことある。魔力に反応して、水晶の中に墨汁を溶かしたみたいに動くやつだ。
ユウトが触ると、黒い墨汁がゆっくりと溶け出すみたいに、水晶の中を濃く濁していく。
「ぅそ……」
トマスが小声でつぶやく。
腐っても元、人族最強。
一般冒険者だと、せいぜい灰色の煙くらいだが、俺はもう真っ黒だ。
確か、2倍〜3倍の魔力がある。
エクシーと一緒にいると感覚が狂っていたけど……やっぱりおれ、チートだ。
「私もやってみようかなあー」
嫌な予感しかしない。
エクシーが触った瞬間。
水晶は真っ黒になり、水晶の材質というよりマットな見た目になってしまう。
ジジジジ……と変な音。エクシーが手を離す。
元に戻った水晶。
「壊れてるんじゃない?」
エクシーが笑って誤魔化す。
目は、笑っていなかった。
ピーク時を過ぎ、職員しかいないギルドは静まりかえっていた。
昼間の出来事。
彼女は、亡き魔王の分身。
ゆっくりと、冷たく。
……まるで、夜の霧のように。
音もなく、静かに現実は忍び寄る。