第12話 信頼を積む朝〜クレジットモーニング
猥雑な街らしく、デュランダルトの朝はーーーー遅い。
陽が登っているのに、まだみんな寝ている。
元・中年サラリーマンの朝は早い。
転生して、身体は若いのに、何故か目が覚める。
「おはようございます」
エクシーも朝は苦手じゃないらしい。
「おはよう」
高原の空気。
カラリと乾いていて、光もやわらかい。
澄んだ空に、音が吸い込まれていくようだった。
「じゃ、いきましょうか」
キラキラ光る彼女の髪。
きれいだなんて思っているのを、悟られないようにする。
昨日も見た、隙間なく積み上げられた石造りの建物。
朝のギルドは、猥雑な街らしく空いている……
……と言いたいところだが。
「仕事ができるやつほど、早起きなんだよな」
「ブラック企業の上司みたいですよ」
エクシーに笑顔で突っ込まれる。
いや……事実、高ランク帯の冒険者は大体、朝強い。それだけセルフコントロールできないと、上には上がれない。
「私たちも並びますか?」
エクシーがさす方には、3つの受付口があり、冒険者達が列をなしている。
「いや、ちょっとこれ」
おれは列から少し離れた棚を指さした。
手書きの紙の束が、ちょこんと並んでいる。
「これは?」
「『ダンジョンについて』、職員がまとめてくれているんだ」
職員の**安全に帰って欲しいから気をつけて**という想いとは対照的に、紙の束の上にはうっすらとホコリが積もっていた。
……誰も読まないのか。
寂しいことだが、文字が読めない冒険者も少なく無い。
「へー、そうなんですね、S級が一つ、A級が3つ……」
彼女がパラパラと紙をめくる。
「おれたちは初心者で登録しているから、いきなり超上級は止められるけどな」
「そうなんですね」
「自己責任が強いから、アドバイス程度さ」
「それで……どこに行きたい?」
ーー列の後ろから
自己申告の声がする。
「B級ダンジョンの『赤土の魔穴』にいく」
「B級ダンジョンの『とざされた水路』」
「C級ダンジョンの……」
ダンジョン入場の全てをギルドが管理できないので自己申告だ。
どこに行き、どこから帰ってきて、無事だったのか、怪我したのか。
こうして、毎日、ギルドとのクレジット(信頼)を積んでいく。
受付が記録をつけていく。
あの記録自体が冒険者の財産と言っても過言では無い。
名簿と睨めっこしている受付のお兄さんの前に立つ。
「パーティー名、ユウトとエクシー。
本日は、F級ダンジョンの『けものの小道』『ひかりの穴ぐら』『しめった地下道』に挑みます。以上です」
クレジットの申告をする。
名簿から目を離し、俺を上から下まで眺める。
無い方の左腕で視線が止まる。
「ーー辞めておいたほうが良くない?」
「え……」
「君にはまだ早いよ。
お姉さん、この子のためにも、もう少し大きくなってからにしたら?」
ーーまたや、このパターン。
一方のエクシーは、真顔だけれど、口の端がわずかに崩れている。
「大丈夫ですよ、うちの "ユウくん” こんな女の子みたいな見た目ですけど、とっても強いですから」
微笑んで真顔で答える。
……エクシーさん、フォローになってない。
ーー「おぃ、トマス。後ろつかえてるんだ。
その姉さんなら、大丈夫だ」
後ろから大きな声がする。
「ぼうずもそこそこやるだろ。通してやんな」
声の主はがっしりとした骨格に刻まれた無数の古傷が刻まれた、老将のような大男だった。
「ジョルジュさん、でも……」
トマスと呼ばれた受付のお兄さんが、まだ、心配そうに答える。
「ジジでいいって言ってるだろ。
まぁ、いずれにせよ。自己責任だ。
F級で痛い目見りゃいいのさ。死にやしねえよ……」
ずぃっと前に出るジジ。
「ほら、どいてくれ。
A級ダンジョン『しにがみの迷宮』にいく」
……あそこをソロでいくか。ジジさん、かなりの実力者だな。
「エクシー、俺って女の子っぽい?」
「あ……気にしてました?
小柄で髪の毛サラサラで、色白で。黒髪がいいですよね」
中身、中年なんだけどな。
人通りも増えはじめたが、ここにくる人はさすがに少ない。
F級は後回しにしたからな。
重く閉ざされたトビラ。
最近、開いた気配はない。
開くのか?
手を添える……。
開いた?!
ゆるく高鳴る鼓動。
A級ダンジョン。
【竜試しの部屋】
通称、竜のタイマン部屋。
彼女の顔を見る。
目に自信の光。
フッ。
うちの姉さんとのタイマンーー
……拝ませてもらおうか。