第1話 ここはどこだ?そして、代償
もやがかった視界。音一つしない。
神様でも出てくるのか?
「何やっているんだ」
いつもの声。何度も聞いた、あの怒鳴り声。
遠くで聞こえる……部長。
叱られている。
こんなポカミスあり得ないーーこの前、部下に注意したばっかりだろう?
あり得ないよな……無いよな……無い、な。
……
……
……
と、そこで目が覚める。
少しずつ、目の焦点が合ってきた。
まばたきを繰り返し、周りを見まわす。
「えっ……ここ、どこだ?」
木の壁。木の床。木の天井。
濃い薬草の匂いが、どこかレトロな、異世界じみた空気を漂わせている。
思い出す。
ーーあの時、出し惜しみは無しだった。
空気が歪んだ。時間が伸びた。
目の端に映る仲間たちの動きが、まるで水中のように遅い。
……来る。
魔王の剣が、こっちに来る。
それだけは、はっきりとわかった。
そして──
魔王の剣が、俺の左腕を斬り落とした。
ぶわっと噴き上がる血。
叫びもせず、右腕だけで、渾身の一撃を突き出す。
「グサッ」
魔王の心臓に、剣が沈む感触。
硬い、重い、そして……温かい。
ゆっくり、崩れ落ちる魔王。
ッ!!
焦り、現実に引き戻される。息が詰まる。
ゆっくりと、右腕で左側を押さえる。
「……ない?」
やはり左腕がなかった。
そこからの記憶が無い……。
左腕で魔法。右腕で剣。
『魔法剣士』って呼ばれて、年甲斐もなくはしゃいでたからか?
そりゃ、ないよ。
窓から陽が差し込んでいる。
終わったんだよな? 魔王、倒したよな?
剣や持ち物は周りにない。
そういえば、パーティーのメンバーは……無事か?
苦笑い。
……無事なら、俺の左腕がないはずがない。
聖女なら治せるはずだ。
それとも、あいつら……おれが魔王を倒す前に──いや、無いよな。
――その時だった。
気配もなく、木の扉がゆっくりと“勝手に”開いた。
何かが、部屋の空気をねじ曲げて入ってきた。
次の瞬間、おれは息を呑んだ──。