なにがお仕置きだよ
X(旧Twitter)の企画参加作品です。万年青二三歳(N5195IH)さん主催、#BL超短編企画で2000字ぐらいの作品を読ませてくださいという企画だったのに、全然終わらなくて、8000字ぐらいになりました。なんてこと。
お題は、「長い夜」「デート」「お仕置き」「冷たい風」「喧嘩」「一緒」です。アルファポリスにも投稿しています。
『お仕置きだよ』とあいつは言った。
「何がお仕置きだよ!」
俺は思わず、スマホを投げた。佐竹とは今夜も連絡が取れない。いつも互いにコメントを送りあっていたトークアプリは沈黙したままだ。就職してすぐに借りたアパートは一人だと寒々しかった。こんな、友人と気まずくなった夜は特に。
あいつ、佐竹智史は俺の幼なじみで親しい仲だった。幼なじみといっても、学区が同じだっただけで、小学校では特に交流はなかった。同じ地元の中学に進んでから部活が一緒で話すようになった。バレー部だった。同じ高校、大学に進んだ。
田舎住まいだった俺たちは、仕事を求めて、一番近い都市に出た。就職先が近い区画だったのはたまたまだった。だが、アパートを探すときは近くを探した。単純に心細かったからだ。新しい生活を始める時に、近くに誰か知り合いが欲しかった。
おれの性的嗜好が男性だと気づいたのは高校の時だった。少数派であることを自覚し、擬態して生きていた。誰にも、両親にさえ打ち明けることはなかった。もちろん佐竹にも黙っていた。
だが、就職し一年目の仕事も人間関係もうまくいかず、佐竹と休みの前日にやけ酒を飲んでいた時にポロリとこぼしてしまったのだ。
俺が好きなのは、男なんだよねと。
佐竹はただ「ふーん?」と相槌を打って、次に「抱いてやろうか?」と言った。蔑視されないことにほっとしてる間に、流れで俺のアパートで、した。付き合うとか、好きだとかそんな甘いセリフはなかった。セフレ? 俺たちはたぶんそんな関係だった。
それなのに。
俺が後輩とサシ飲みしたぐらいで、「へぇ? デート?」とあいつはのたまった。デートではない。数人で飲む予定だったのが、案件に大きめの訂正が入り、大部分が駆り出されたのだ。何時に終わるかわかりませんと言われ、駆り出されたやつらは遅刻で合流することになった。結局来れなかったが。違う部署の俺と後輩だけが、もう予約してある店で先に飲み始めただけだ。寂しいな、また飲み会組もうぜと言いながら、適当に飲み食べて帰った。
だというのに。
お仕置きだ?
(バカが)
佐竹と俺はそんな関係ではない。腐れ縁でたまにお互いの性欲の解消のために寝るだけだ。甘ったるい感情は二人の間にはない。
(そこに、余計な感情持ち込んでんじゃねぇよ)
お互いに休みの前日はどちらかの家で飲んで過ごすのが最近のルーティンだった。だがこの数日佐竹とのトークアプリは沈黙したままだ。俺はあいつが明日休みだと知っているのに。
(ムカつく)
長い夜が始まる。きっと今夜も朝までスマホに通知が来ることはない。俺はきっとムカつくと言いながら、一人酒を飲みスマホを眺めて過ごすのだ。
♦♦♦
『来んの?』
宮岡からのトークアプリはたった一言だけだった。その後に新しい文章が増えることはない。
「もっと何か送ってこいよ」
イラっとしながら、スマホに向かって呟く。いつもなら宮岡のアパートか、オレのこの部屋でつまみ片手に二人でくだを巻いている時間帯だ。
だいたいあいつは、宮岡雅之という男は隠れビッチというやつなのだ。簡単にオレに自分の体を差し出しやがった。
あいつから「俺って男が好きなんだよね」と聞いた時には驚いた。続けて詳しく話すのを黙って聞いた。高校の時に自覚したらしい。
「ふーん」と相槌を打った。オレらは中学から仲良くて、高校でも同じグループで、大学も同じ学科で同じ授業を受けることが多かった。自然にいつもつるんでた。意見が合わないことはもちろんあったが、大きな喧嘩に発展することはなくて、気が合った。口に出したことはないものの、親友だと思っていた。それなのになんでいま、職場の愚痴を山ほど言い合って、酔いに酔って頭が働いてない時に言った? いままでだってたくさん打ち明ける機会はあっただろう? こんな二時間飲み放題がついて、見栄えはいいものの、適当に量がケチってあるチェーン店の居酒屋のおまかせコースとやらを食べている最中に告白する内容じゃないだろう?
(つまりアレだ。お前はオレを親友だとか思ってなかったわけだな?)
大事な秘密を、素面の時に打ち明けようとは思わなかったんだから。こんな時に、仕事でくたびれて、酒に呑まれてポロリと失言したみたいに言うんだから。
オレは酔った頭でそう結論づけた。
「抱いてやろうか」
宮岡のこちらの反応を伺っている気配にイラっとして、思わずそう提案した。そのセリフに宮岡はとてもホッとしたようにへにゃりと笑った。
(んだよそれ! お前誰でもいいのかよ)
親友でもない、ただの友達に抱かれるぐらいなんだから。
体を暴いた朝、宮岡はおそるおそるオレに聞いた。
「俺たち友だちだよな」
友だち。
「ああ、そうなんじゃねえの?」
やはり親友だと言われなかったことにオレはがっかりしながらそう答えた。そうなんじゃねえの。お前が友だちだと決めてるんなら、オレらは友達なんだろ。
オレのその適当な返事にも、宮岡はやはりホッとしたように笑った。
(クソッ)
もともとオレたちには、休みの前の日には合流して酒を飲む習慣があった。だって田舎とは違うこの大きな街で、心から信頼できる相手は宮岡だけだったのだ。梅雨に雨は降るがカエルの鳴き声と川の音も聞こえない。夏にセミは鳴いているが、ごくたまにきこえるぐらいで朝夕の大合唱もなく、秋に虫の重なり合う音色が響かないこの街で、オレはジワジワとまいっていった。大きな何車線もある道を車がびっくりするほど多く走って、さらにクラクションを鳴らしながら渋滞している風景に、なにかが吸い取られていくようだった。宮岡だけが水の合わなさを共有してくれると思っていたのに。
(なんだよ。その態度はよ。最悪だ)
なにが最悪か自分でもわからなかったが、とにかく最悪だった。
いままでは一緒に酒を飲み、どちらかのアパートで寝落ちるだけだったのに、そのあとに体を重ねるようになった。好きだとか愛してるとかお互い口にすることはなかった。どんどんプレイだけが激しくなっていった。そういう大人のおもちゃを使いたいと言っても宮岡は決して拒否らなかった。少し怯えてる様子なのに、必ず「いいよ」と言った。まるで、拒否れば、オレとの縁が切れると思っているように。
(ずいぶんオレは信用ないんだな)
いつしか酒を飲まなくても抱くようになった。だってこのビッチは、手を離せばどこの誰とも知らないやつに抱かれるに違いない。信用のないオレにこんなに抱かれるぐらいなのだから。オレが抱いておかないと、セックスだけが目的の危険なやつと関係を持つかもしれない。
(オレが男同士の何もかも体験させてやるから。夜も飽きないようにしてやるから。だからオレだけにしとけよ)
祈るように抱いた。
後輩とのサシ飲みは許せなかった。宮岡は酒が入ったらどこの誰にでもついていくに違いないからだ。だいたい宮岡はその後輩が、「俺を慕ってくれて可愛い可愛い」と連呼していた。この前もやっと先輩の自覚が出てきたと照れてるように笑っていた。
(おーまーえー、その可愛い後輩に誘われたら寝るだろ? 絶対寝るだろ? あの照れたような笑顔をニコッと浮かべて、ついていくだろ? なのにデートじゃないだ? ふざけるなよ。誰でも良くて、ちょうどよくオレが目の前にいるから寝てるだけのくせに)
だから「お仕置き」だと伝えてから、宮岡からの連絡は無視した。既読スルーだ。宮岡が反省して、サシ飲みはもうしないとか、人前で酒を飲むのは辞めるとかちゃんと自衛すると決心しない限り、返事をしないと決めた。
夜も蒸して眠れない真夏に始まったこの対応は、残暑と呼ばれる時期が過ぎても続いた。