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とある夜に僕は。

作者: チョーク

僕はこれから死ぬ。

何か大きな失敗をしたわけでも、大きな挫折を経験したわけでもない。

ただ、心の底から自由になれない自分にうんざりした、それだけだ。

ごめんなさい、漠然とした理由で。

ごめんなさい、命を粗末にしてしまって。

せっかく人気(ひとけ)のない場所を選んだのに。

遺書まで書いたのに。

あとは飛び立つだけなのに。

おもむろにスマホを手に取る。

誰でもいい、そう思って電話をかけ始めた。

この期に及んでまだ未練があったらしい。

「生きていてほしい」その一言が欲しかった。

この状況を知るはずもないのに。

僕は死に際まで、欲張りな人間だ。

深夜2時、空は澄んだ青を忘れたくらいに色を失っている。


悟られないように、でも察してほしい。

そんな心境でかけた電話は、これといって脈絡のない、ありきたりな話題で過ぎていく。

でもその声は最期だと思って、一音一音を噛み締めながら聞いていた。

そしてどの電話も、今の自分に出せる最大限の感謝の気持ちを込めた「ありがとう」で終えることを意識した。

真っ先にかけたのは兄。優しくて強い兄は、僕よりも立派で、わがままばかりの僕にはもったいないくらいだった。

次にかけたのは両親。母は無条件に優しくて、心配なくらいだった。父は厳しかったが、家族の幸せをいつも第一に考えてくれていた。

高校の友達にかけた時は、いつものようにグループを開いた。どんなに突発でもすぐに集まってくれるみんなは、距離は離れていても心が繋がっているようで、安心できる居場所そのものだった。

バイト先の先輩にもかけた。周りに活発な交友関係が無かった僕にとって、少し難ありなくらいのやんちゃさが頼もしかった。

初恋の人にもかけようか迷ったが、きっと素敵な出会いをして、華やかな日々を過ごしているんだろうと思って、かけるのをやめた。これからが無い人間は縁起が悪いだろう。そもそも出てくれるかも怪しかったのはあったが。


深夜4時になって、夜が明けることに焦りを感じた僕は、電話をかけるのをやめた。

結果から言えば、僕の求めたその言葉が、電話越しから聞こえてくることは無かった。

これで未練は無いだろう、そう思って飛び立つ寸前だった。

「決心はついたのかな」

暗さのあまり、気づかなかったのだろう。先客がいたようだ。

「そうですね、これで悔いなく自由になれます」

自分の言葉に嘘も疑いも無かった。

「君、何歳?」

ようやく覚悟の決まったこの状況を知っておいて、空気の読めないやつだなと思ったが、最期くらい付き合ってやるかと思った。

「19です。今年で二十歳(はたち)になります」

なぜかその男は笑みを浮かべて言う。

「俺は40だ。君の2倍は生きてる」

不思議なマウントの取り方に、どんな反応をすればいいか分からなかった。

続けて男はこう問いかけた。

「なぜ死んだら”自由”になれると思う?」

予想外の内容に一瞬戸惑ったが、自分なりの答えが無いわけではない。

「どこにいっても”自由”になれなかったから、最後の手段として死を選ぶんじゃないでしょうか」

「そうだな、俺もそうだと思ってた」

含みのあるその発言の意図を聞こうとして、男は続ける。

「年上は敬うべきだよな」

脈絡のないその発言に混乱しつつも、「はい」と答えた。

「なら、年上の言うことは絶対だ、生きろ」

しかしそれは、どんなに年上でも守れそうになかった。一度心に決めた死という道には、迷いも疑いもなく、正解とさえ思えていたからだ。

「それはできないです」

そう答えると、まるでその答えが来ると踏んでいたかのように、男はすかさず言う。

「なら、俺が死んだあと、ちゃんと死んでいるか確認してほしい、顔をしっかり見てな」

それは予想外だった。

そして男は、僕の答えを待つ間もなく飛び降りた。

人が死に向かう瞬間を目の当たりにして、それはそれは衝撃を受けたと思う。

ここで男の命令を無視するのは、あまりに人としてどうなのかと思ったので、その姿を確認しに向かった。


たしかに僕は、一切の悔いも迷いもはらって、この世に別れを告げようとした。

”自由”になりたいその一心で。

しかし、それを信じてこの世を去った男の顔には、”自由”になった喜びがまるで感じられなかった。

僕の信じた自由への道は間違っていたと知った。

その途端、死が怖くなった。

生きたくなった。

目の前にあった”死”から逃げるように、走り出す。

手元のスマホは、朝の5時をまわった頃とは思えないほどの通知を抱えていた。

空は日に照らされて、徐々に色を取り戻し始めている。


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