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岸高隆史のダイエット
「……これが痩せ薬か」
ぽやんぽやんのお腹を見下ろしながら、男は小瓶の中身を一気にあおった。甘いのか苦いのかもわからないうちに、胃の奥が熱くなる。
その日から地獄が始まった。
まず、食えない。どんなに腹が減っても、ナッツ一袋以上は体が受け付けない。肉も米も、たった一口で吐き気がする。
「お前にはもう“エネルギー”の贅沢は不要だ。動け、鍛えろ、それが栄養だ」
師匠と呼ばれる鬼のような男にそう言われ、朝は剣の素振り千本、昼は崖の上り下り、夜は全身筋トレ。息をする暇もない。汗と土と血の匂いが身体から離れなかった。
最初の数ヶ月は吐いて倒れて、それでも容赦はなかった。だが半年経つ頃には、動ける。ナッツ一袋で、全力で剣を振れる身体になっていた。
そして一年後――
鏡の前で、男はシャツをまくる。そこには、かつてのふやけた腹など跡形もなく、硬く割れた腹筋が6つに並んでいた。
「……これ、俺か」
その声に、少しだけ笑いが混じった。
隆史が変わったのは仕事に対しても「苦しい時ほど楽しんで」を使いだしたからである