エピローグ
これは、「変わった」ふたりが、「変わらずに大切にし続ける」未来の話。
ほんの少し、時間が流れたあとのこと。
休日の午後。
小さな家の庭に、ふたり分の折りたたみチェアと、湯気の立つマグカップが置かれていた。
矢智代は、ハーブの鉢植えをいじりながら言った。
「ねえ、あの子、やっぱり失恋だったんだって」
「ん? 誰?」
「職場の後輩。最近ちょっと元気なかった子。話してみたら、“もう誰も信じられないかも”って言ってて」
隆史は、横で書類の整理をしていた手を止めて、彼女を見る。
「話、聞いたの?」
「うん。2時間くらい。泣いてた。……でも、ちょっと楽になったって言ってた」
隆史はうなずき、湯気に目を落としながら言った。
「人って、自分の痛みに向き合うときが、一番静かになるよな。
俺、昔その“静かさ”に気づけなかったんだよ。
あの頃の俺に、今の自分を見せられたらなぁ」
矢智代が、微笑む。
「でもその頃のあんたがいなかったら、今の“この会話”もなかったよ」
「それもそうか。人生って、失敗でできてんだな」
彼女は、植えたばかりの小さなローズマリーを指でなぞりながら、ふっと言う。
「ねえ隆史。
私たち、今のままで、もう“誰かの愛のナビ”になれると思う?」
「……ナビって、“あの声”みたいなやつか?」
「そう。あの変なテンションの」
ふたりは、同時に吹き出す。
「いや、あれは無理だな。あれはAIか天界の誰かの仕事だよ」
「でも、隣で黙って座って、“それでも大丈夫だよ”って言ってあげるくらいなら、できるかもね」
隆史は真顔でうなずいた。
「“愛”ってさ。たぶん、“ずっと理解し続ける努力”のことなんだろうな」
「……そうかもね」
風が吹き抜けた。
静かだけど、確かに満ちていた。
“変わってしまった愛”ではなく、
“変わりながら生き続ける愛”。
ふたりは、今日もまた、それを育てている。
隆史が変わったのは仕事に対しても「苦しい時ほど楽しんで」を使いだしたからである




