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岸高隆史の恋愛物語  作者: 斉藤
本編
10/22

「声聞」

「……でさ、会社の新人がまたやらかしてさ。三回目よ、三回目」


夕食後、矢智代がワインを片手にぼやいていた。

以前の隆史なら、ここで「新人なんてそんなもんだろ」とか、「俺だって今日つらかった」と返していただろう。


だが今は違った。


「……うん、それで?」


隆史は、彼女の話に目をそらさず、相づちを打つ。


「いや……別に。そんな大したことじゃないけど、なんか、聞いてほしかっただけ」


「大したことかどうかは、君が決めることでしょ。俺はただ、聞かせてもらってるだけだよ」


矢智代は、ぽかんと口を開けてから、ふっと笑った。


ナビが静かに語りかける。


「“声聞”ステージへようこそ。

この段階では、“自分が語る”のではなく、“他者の声を聞く”ことで、真の理解と共感が始まります。

耳を傾けるという行為そのものが、愛の成熟なのです」


その夜、隆史はかつてなかった“静けさ”に包まれていた。


相手の感情が、少しずつ染み込む感覚。

目で見ていたのに見えていなかった景色。

言葉で伝えていたつもりでも、全然届いていなかった想い。


(“聞く”って、こんなに重い行為だったんだな)


隆史は、かつての自分を思い返す。

勝手に期待して、勝手に失望していた。

話を“聞いた気”になっていた。

でも、相手の「沈黙」すら、何も読んでいなかった。


矢智代はそんな隆史の変化に気づいていた。

無理に話させようとしない彼の沈黙が、今は心地よかった。


ナビが低く、しかし確かな声で宣言した。


「“声聞”フェーズ、完了。

次は“縁覚”――言葉を超え、“気配”で人を感じる段階へ移行します。

あなたの“愛”は、相手の言葉がなくても、届くか?」

隆史が変わったのは仕事に対しても「苦しい時ほど楽しんで」を使いだしたからである

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隆史が変わったのは仕事に対しても「苦しい時ほど楽しんで」を使いだしたからである
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