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第5話 私がガーデニングをしたいワケ

 悪役令嬢イリス・エーグルは、第一王子である王太子と婚約をし、彼の浮気に心を痛める。そして浮気相手を牽制したことを非難され、断罪されてしまう。

 何よそれ、って感じ。浮気男が全て悪いし、寝取り女が全て悪いんじゃない。

 私は絶対にそんなことに、巻き込まれたくはない。


 神さまは「悪役令嬢イリス・エーグルのことを考えて」と言ってたけど、私は考えた上で、イリス・エーグルが幸せになる方法を選ぼうと思う。

 だって、イリス・エーグルって私だもん。

 私が、自分を幸せにすることに何の問題があるっていうのよ。


 そんなわけで、私は前世の趣味でもあったガーデニングを満喫しつつ、それを生かしてこの領地を盛り立てようと思ってる。

 この辺境伯領と隣国の境で戦争をしていたせいで、我が領地の一部は農業ができない土地になってしまった。領民の生活を考えても、農地を復活させたり、より実りを多くしていきたい。

 正直、兄さま達は若干脳筋気味だしね。次兄のメル兄さまは参謀タイプだけど、領地運営に向いてるわけじゃないし。ここは一つ、私がうまくサポートできたら最高よね! できればこのまま、この領地で一生暮らしていきたい……し。


 それに本を読む限り、私の知っている前世の知識と、この世界で今知られている農業知識には差異があった。私の知識が、この世界で通用しないことなのか、それとも知られていないだけなのかを確かめないといけない。そして、本で得た知識と、前世の知識をうまく使って、領地を盛り立てるのだ。

 そのためには、まずは我が家の庭で、ガーデニングをしてみたいと思う。それと平行して領地での実地テスト。その辺はお父さま──というよりも、お母さまをしっかりと納得させないといけない。我が家の領政は、ほぼお母さまが握っているからね。

  

「今日は本を選んだら、お庭に出るわ。──お庭くらいなら良いわよね?」 

「はい。旦那さまからは、歩いて移動できる範囲の庭であれば、問題ないと許可をいただいております」


 お父さまも過保護だった……。でもまぁ、生死の境にいたのだものね。心配してくれて当たり前。とはいえ──


「早く領地をまわりたいなぁ」

「お嬢さまは、領地が大好きですものね」

「当然よ! 私はここで生まれてここで育っているんだもの。領民のことも、領地のことも、大好きよ」


 前世の記憶を取り戻す前も、私は領地を駆け巡っていた。

 それこそ、戦争が始まる前までは、ここで一緒に暮らしていたデリーとウェスタ兄さま、そしてたまにテミー兄さまと一緒に。そういえば、デリーは元気かしら。彼が王都に戻ったのは戦争がきっかけだから、なかなか連絡を取ることもできなかった。黒髪黒目のやんちゃな少年は、今頃王都で何をしているのかしらね。


「お嬢さま?」

「やだ。ぼんやりしちゃった」


 うっかり考え込んでしまった。慌てて首をぶるりと震わせる。

 

「さ、フェデル。図書室に行きましょう」


 そう言って、部屋を出たところで、何やらエントランスホールが騒がしいことに気が付いた。


「何があったのかしら」

「見てまいりましょうか」

「私も一緒に行くわ」


 フェデルが頷き、二人で向かう。いつもは私の後ろを歩くフェデルは、万一を考えて私の前に立って歩いてくれた。

 我が辺境伯家の使用人は、男女、職域を問わずとても強い。普段から訓練も受け、護衛を雇う必要がないほどに、鍛えられている。フェデルも、元は子爵家の三女だけれど、めちゃくちゃ強い。

 そんな辺境伯家の末の娘だというのに、実は私はあまり強くないのだ。どうも、向き不向きで言うと、向いていないみたい。それでも多分、一般的な貴族令嬢と比べたら強い方だとは思うけどね。


 エントランスホール手前で様子を見ていると、どうやら王家からの遣いらしい。

 戦争が終わって一年。何か報償の連絡でもしにきたのだろうか。


「王家の遣いが来たことで、騒がしくなっていたのね」

「そのようですね。どうなさいますか?」

「騒がしい理由もわかったし、ここまで来たから、このまま庭に向かうわ」


 階段の裏側にある扉から外に出る。バラのトンネルが続くそこを通り、行き着く先は小さな畑だった。


「ホロ爺!」

「おや、嬢ちゃま。もうお外に出ても良いのですかな?」


 ホロ爺と呼ばれた庭師は、細い体躯をひょろりと立ち上げ笑う。彼は実は我が家の細作──いわゆる隠密というやつだ。

 私が小さい頃から、たくさん遊んでくれた。私にとっては、身近なおじいちゃま。

 お父さまが言うには、やたらめったらすごい人らしいけどね。


「お庭までは良いんですって! ねぇ。私お庭でやってみたいことがあるの」

「ほう。隠れん坊ですか、それとも鬼ごっこ?」

「それも楽しいけど、植物を育てたいのよ」

「園芸、ということですね」

「大正解! ねね、畝を作りたいんだけど、どこに作ればいい?」


 畝、とは作物を植えるときに作る、少し盛り上がった土のアレだ。

 私がそんな言葉を知っていることに驚いたホロ爺は、少し目を丸くして、それから笑った。


「何を植えようと思ってるんですか、嬢ちゃま」

「まずはいろんな種類を試したいの。奥の温室で苗になるまで種から育てて……。その間に、すでに苗になっているもので手に入るものがあれば」

「なるほど。今の時期からだと、三ヶ月あとに実を付ける野菜類の苗を手に入れておきましょうかね」


 乙女ゲームの世界だからか、月の換算などが前世と同じなのはわかりやすい。

 今は春なので、夏野菜の苗をホロ爺に入手して貰いつつ、苗になる速度なんかも確認しないといけない。


「じゃぁ、あの辺に畝を作っておきますよ」

「あら。私もやるのよ!」

「は?」


 私の宣言に驚いたのは、ホロ爺ではなくフェデルだった。


「あっはっは。こりゃいい。嬢ちゃまが畝作りもするんだったら、儂も思い切り手伝ってあげないと」

「ホロ爺! お嬢さまをけしかけないでくださいよ」

「なにを言う。こうなった嬢ちゃまに何を言っても無駄なのは、フェデルもわかっているだろう」

「うっ。その通り……ですね」


 ホロ爺の言葉に、フェデルはがっくりとすると、私を振り返る。


「お嬢さま! でしたら、土いじり用のお洋服をお召しになったときだけにしてくださいね」


 言われて、自分のドレスを見る。

 確かに、シルクのこのドレスを土で汚したら、洗濯メイド(ランドリーメイド)が白目を剥いてしまうわね。


「わかったわ。それは約束する」


 両手のひらを彼女に向けて、素直に了解の旨を告げれば、ほっとした表情を浮かべる。

 ホロ爺は空を見上げ、目を細めた。


「明日も天気がよさそうだ。嬢ちゃま、フェデル、畝作りは明日にしましょう。苗と種については、このあとお茶でもしながら、打ち合わせるのでどうです」


 片目をバチンと閉じてウインクをすると、愛嬌たっぷりの表情で、ホロ爺は奥のガゼボに私たちを誘っていった。

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