第4話 兄さま達に溺愛される
僕が前世の記憶を取り戻したのは、熱を出したあの日だった。
この世界が、妹がやっていた乙女ゲームの中だと気付くのにそう時間がかからなかったのは、実は僕もそのゲームにハマっていたからだ。
僕はラノベ好きのオタクで、妹がやたらとプレゼンしてくるものだから、試しにプレイして──まんまと悪役令嬢イリス・エーグルのファンになってしまった。
イリス・エーグルは美人で、頭が良くて、機転も利く。民を思っての施策を考え、王太子に提案していた。まさに王妃の器。なのに、王太子である第一王子は彼女を疎み、男爵の庶子であるヒロインとイチャイチャしてしまう。
正直意味がわからない。あんな素敵な婚約者がいながら、あざとさしかない女に浮気するなんて。
だから決めたんだ。
僕はこの世界で絶対に、イリス・エーグル、君を守るんだって──。
*****
「嘘でしょ」
各国語の教本を一度読む。もともとチートで読めていたので、それは形だけで良かった。
でもまさか。
他の本を一度読んだだけで、中身を覚えてしまえるだなんて、一体誰が予想しただろうか。
「イリスは天才だったのか」
と、一番上のアレウス兄さま、アレ兄さまが言えば、二番目のメルクリウ兄さま、メル兄さまが私を抱きしめる。
その横から、三番目のテミー兄さまが頭を撫でて、四番目のウェスタ兄さまが、おやつのリンゴの甘煮を私の口に入れる。
完璧なる布陣で甘やかされているのが現状だ。
図書室の本を読み始めて二週間。屋敷から出られない日々で、特にすることもなかったので、読書は捗りまくった。
そうして、農業関連書籍やら、地理の本やら、最初にワゴンに載せた分は読み尽くしてしまい、新たな本を取りに図書室に向かう途中で、兄さま達に遭遇したのだ。
せっかくだから、と近くの部屋で五人でお茶をすることにしたんだけど、その時に、本が山積みになっているワゴンだけ先に図書室に向かわせたの。
その、私が読んだという本の山を見た兄さま達の反応が、これだった。十歳で多言語の本を読みこなしていたら、そりゃぁびっくりするよね。
四人はこれから剣の稽古らしく、動きやすい格好をしていたのだけど、それがまた格好良くてね。
前世の記憶を取り戻す前は、特に気付きもしなかったけど、四人とも見目麗しいわけだ。これ、もしかして兄さま達も乙女ゲームの攻略対象者なんじゃないかな。例の乙女ゲーム、詳細知らないけど。
我がエーグル辺境伯家は、我がハッグス王国の南東に位置する大きな領地で、アジェスティ王国と接している。
実は去年まで、アジェスティ王国とは戦争をしていて上二人の兄さま達は、前線で指揮を執っていた。
……そんな状況で、ここが乙女ゲームの世界だなんて、一体誰が気付くっていうのよ。あの神さま本当にアレよね、アレ!
辺境伯家って言うだけあって、我が家の男性陣は全員が武人。お父さまやお爺さまなんて『軍神』とまで言われてるの。しかも、長兄のアレ兄さまは、その軍神二人より強いとか。もうそっちが無双、チートじゃん? 私はお呼びではないのでは……。でもそれだとたぶん、ゲームの種類変わるな。
口に入っていたリンゴの甘煮を飲み込むと、素早く侍女のフェデルが口元に飲み物を運ぶ。いや、私病人じゃないので、そこまで介護のようにして貰わなくても大丈夫よ?
とはいえ、口の中が甘いのでカップを受け取った。さすがに紅茶のカップを手にする私を抱きしめ続けられないと気付いたのか、兄さま達は私から離れる。体が楽になった。抱きしめられるのって、結構気を遣うのよねぇ。
「兄さま達、剣のお稽古なんでしょ? 私、皆の邪魔をしたくないわ」
「イリス、なんて良い子なんだ」
長兄のアレ兄さまは、私と一回り離れているせいか、何でもかんでも褒めてくれる。甘やかしすぎでは。
「まだ復活したばかりなんだし、あまり無理しちゃダメだぞ」
「そういうウェスタ兄さまだって、お熱出したんでしょ」
「僕は頑丈だから、良いんだよ。イリスは僕らの大事な大事なお姫さまなんだから」
「もう。ウェスタ兄さまったら」
私の頬を優しく撫でるウェスタ兄さまは、まるで物語の騎士のよう。たった二歳しか違わないのに、この世界では十二歳の少年って、こんなに紳士なのかしら。記憶を取り戻す前の私、どうして平気でいたの。
思わず顔を赤くしてしまうと、ウェスタ兄さまは心配そうな顔を浮かべる。
「顔が少し赤い。熱でもあるのか?」
「熱だって? 大丈夫か?」
今度はテミー兄さまが私の額に手を当てる。
「大丈夫よ。兄さま達が格好良くって、思わず赤くなったの」
素直にそう言えば、兄さま達は嬉しそうに笑う。
「さて。僕らのお姫さまを守るために、稽古にいかないと」
「そうだな。今日は特に、ウェスタをしごいてやろうか」
「メルクリウの言うとおりだな。イリスを守る騎士として、しっかり強くならないといけないからな」
「ウェスタ、アレ兄とメル兄がやる気になっちまったぞ」
「うえぇ、テミー兄上、助けてくれよぉ」
兄さま達はそんな話をしながら、稽古のための庭に向かっていった。
「嵐のようだったわ」
「まぁお嬢さまったら。でも、そうですわね。皆さま本当に、お嬢さまを大切に思われていらっしゃるから」
フェデルの言葉に、私はにこにこと笑みを返す。家族愛、大事。神さまが言うように、私が悪役令嬢で断罪だかなんだかを受けるとしても、家族が味方になってくれるのなら、浮気男なんかとずっといるよりも、家族の元にいる方がよっぽど幸せだってものよ。
それに、今から領地のためになることをしておけば、何かあったときに領地の端っこにでも住まわせて貰えるだろうし。
そう! そうなのだ。
せっかくお金の心配をしなくて良いような、貴族の娘として生まれ変わったのだし、思う存分ガーデニング……の延長をしたいと思っている。
そのために、農業関連の本を読みまくったのだから。
神さまが言っていた、悪役令嬢イリス・エーグルのことを考えても、やっぱり私はガーデニングをするべきだと、思ってるのよね。
その理由は、実に簡単なことなんだけど。