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第35話 ローズガーデンの乙女(最終話)

 春と言うには少しだけ空気が冷たい、けれど陽射しはもう全ての生き物の目覚めを呼び起こすに十分な日。

 パンジービオラにチューリップ、菜の花、ネモフィラ、フリージア。

 実は全部ちょっとずつ名前は違うけれど、前世の花の名前で言えばそんな花々が、緩くそよぐ風に震える。


 大きな鐘が鳴り、糸杉の丘の見える白亜の教会で、私とデリーの結婚式が行われた。

 誓いの言葉を交わし、教会を出ると、たくさんの領民が出迎えてくれる。


「こんなに皆に祝われたら、喧嘩なんてできないわね」

「喧嘩しても、すぐに仲直りして、さらに仲良くなればいいんじゃない?」

「それもそうかも」


 二人で顔を見合わせ、額をこつりと付ける。

 くすくすと笑えば、皆が拍手をあげてくれた。


 結局ドレスは、純白ではなくて、白いドレスの上に黒のチュールを重ねたものにした。

 ネックレスはもちろんデリーがくれたムーンライトルビー。

 そのルビーにあわせて、少しだけ赤のチュールも重ねている。


 今日は珍しく、髪を下ろして、サイドを編み込みにして貰った。

 普段と違う日なのだ。

 普段と違うことをしたい。


「私の色とあなたの色と、そしてこれから未知数の色の白。全部が一緒の方が良いかと思って」


 そう言って、今日彼の前に登場したら、お化粧したばかりの私に抱きつきそうになって、ウェスタ兄さまが必死にデリーを抑えていた。


「そう言えば、デリーとの婚約が決まるときに、ウェスタ兄さまがちょっと反対してたのよ」

「ああ。それは多分、イリスが王妃になるのを嫌がるかも、って僕が言ってたから」


 婚約の話が出たとき。

 私以外は、デリーが第一王子だって分かっていたんだものね。

 しかも、後で聞いたらデリーはその頃から私のことが好きで、それを私以外が皆知ってたって。


 でも、仕方ないよね。

 さすがに五歳から八歳のときじゃ、気付かないわ。周りにいるのは、男ばっかりだし。


「イリス様」

「まぁ! ルイベ様」

「このたびはおめでとうございます。イリス様のドレス、本当に美しくて」

「嬉しいわ」


 ルイベ・ホシイイ伯爵令嬢を皮切りに、多くの令嬢やご夫人方が、ドレスのことを褒めそやしてくれる。

 きっとこれからは、純白ではないウエディングドレスが流行るわね。

 私はクリノリンや下着を販売している自分の商会に、新しくウエディングドレス部門を用意しようか、なんて思い始めた。

 ワストル王国、つまりは元王妃派の貴族も、クリノリンの噂を聞いたら、商会に声をかけてくるだろう。

 そのときは、どんな風に対応してあげようかしらね。

 特にあの、クレオメガ公爵令嬢──おっと。今はクレオメガ王女ね──彼女には。

 

 デリーも男性陣に囲まれ、笑っている。

 ここには、エーグル辺境伯の武力を前に、不義理を果たそうという人もいない。安心して過ごせる場所だ。

 彼の服にも、私の色が入り、それを見ているだけで、なんだか幸せになれる。


 やがて夕暮れになり、パーティはお開きとなった。


「ねぇデリー。一緒に行って欲しいところがあるの」

「もちろん行くよ。馬車は必要かな」

「ええ。お願い」


 そうして二人で向かったのは、私が預かった閑地──いいえ、もう閑地ではない。立派な温室が二つに、その周りにバラや様々な花を植え込んだ、ローズガーデンだ。


「ここは──」

「私が全部手を入れたの。見て、バラが綺麗に咲いているでしょう?」


 乙女ゲーム『ローズガーデンの乙女』では、王城のローズガーデンのバラが一斉に咲くという演出があると神さまは言う。

 実際に行ってみたけれど、あそこに植えられているバラは、一斉に咲くなんて不可能なほど、種類が分かれていた。

 けれどここは。

 ここのバラは。


 ざぁ、と風が走る。

 夕闇の中上がってきた月が、私の胸元のムーンライトルビーに光があたった。

 徐々に色を濃くしていき、私の赤とデリーの黒に溶け合うような色になるそれを手に取り、デリーが石に口づけする。


 顔を上げた彼の目の前には、一斉に咲き誇るバラの花。

 今、この日に一番美しく咲くように、バラの花の開花を調整した。

 それは、聖女の奇跡でもなんでもない。

 ガーデナーである私の腕だ。


「デリー」


 彼に手を伸ばす。デリーは私を抱き寄せ、私の手は彼の背中に回る。


「僕の奇跡。愛してるよ、イリス」


 柔らかな声が耳に響く。

 デリー越しに見えるバラの花達が、まるで笑っているかのように風に揺れる。

 

「私も、愛しているわ、デリー」


 ゆっくりと、デリーの唇が重なる。


「私のこれはセカンドキスよ」

「えっ! イ、イリス! 誰と……っ」


 デリーが焦って私の腕を掴む。

 だから笑って告げるのだ。


「あの日、あなたを助けるためにした口づけが、私のファーストキス」

「あぁ……。イリス」


 彼が私の髪を一束手に取り、口づけした。


 月の光。

 バラの花。

 小さく咲き誇る春の花々。

 夕闇に強く香る木立の白い花。


 その全てが、私たちを祝福していた。


 end


最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたり、ハッピーになっていただけていたら、嬉しいです♪


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