第21話 第二王子のご婚約者様
寮に戻り、夕飯の時間。
複数の寮があるが、食事は集合塔と言われる場所で行われる。全ての寮は通路で繋がっており、中央がこの集合塔なのだ。お風呂もここにある。
ここの大広間で一斉に食事をする。真っ直ぐに伸びたテーブル。そこに一列に座る生徒達。
これはなかなか壮観よね。
食事は……久しぶりにこの味なしの料理を食べたな、というのが率直な感想。
我が家は領でもタウンハウスでも、私が伝授した料理を元に、料理の根本的な改善がされている。なので、まぁ日本レベルではないけど、美味しい料理を食べられるようになっている。
が、もちろん学校の寮はそんなことはないので、つまり──
「これが……一年続くのかぁ」
思わずそう零してしまっても、許されたい。
もちろん、残すコトなんてしない。
せめて早く醤油を開発して、この良く言えば素材を生かした料理に醤油をかけて食べることができれば。
なんてことを思いつつ、食事を終え、食器を下げたときだった。
「第二王子殿下に近寄らないで」
私の前に、またしてもクレオメガが現れた。
わかりやすくため息をついて、彼女の顔を見る。
口をへの字にして、プルプルとしている姿は、チワワみたいでかわいい。
かわいい、が、正直面倒だ。
寮に戻ってきて着替えたのか、やたらゴージャスなドレスを着ている。
キラキラ光ってまぶしいくらい。食事なんだからゴテゴテした指輪やらネックレスやらピアスやらは不要じゃないかな。
そんな刺繍たっぷりの美しいドレス、食事で汚したら洗うの大変だし……。
私は制服のままなのでまぁ、質素だ。制服の下に、デリーに貰ったムーンライトルビーのネックレスをかけるくらいは、許されたい。
「もちろん、私から近寄るつもりはないのですが」
「さっきも」
「さっきは、殿下から話しかけてきたので、あなたがおっしゃったように、ご挨拶を返していただけですよ」
「嘘! だって、側妃って言葉が」
「ああ」
大きな声で話していたわけじゃない。
だから、きっと拾えた単語で不安になったのだろう。
女性同士としては、若干同情もする。
家同士の婚約とはいえ、彼女は第二王子が好き。多分そう。
それで、第二王子はどう思ってるか知らないけど、今日の様子を見るに、アホの女好きってところだ。
こんなにかわいい子が婚約者なんだから、彼女で満足すりゃいいのに。
「私が今まで殿下の周りにいないタイプだったから、面白がったんでしょうね」
「確かに──あなたみたいな、反抗的な人間は、殿下の周りには不要だもの」
「それって、イエスマンしかいらないってことです?」
「イエスマン?」
会社でもなんでも、権力者の周りにイエスしか言わない人間だけになったら、もう終わりだ。
経営は緩やかに破綻するだろうし、国は早急に食い物にされる。
「諫言する人がいない、ってこと。まぁ私は別に、第二王子殿下に諫言する気も、その必要もないけど」
それは派閥の人間がすることだ。
私たちはどちらかと言えば、デリーや側妃が何か良くないことをしそうになれば、注意する立場。
第二王子や正妃が何かしでかすなら、まぁ大歓迎といったところか。
「それに、私には婚約者がいます。ご存じでしょう? その立場から、どうして第二王子殿下に近付く必要があるかしら」
「そんなの! キュノ殿下が素敵だからに決まっているわ」
思わず、ぽかんとしてしまった。
彼の姿を思い出してみる。
「金髪碧眼……、まぁ顔は……イケメンか。でも中身はなぁ」
ぶつぶつと言えば、彼女は不満そうに私を見た。
「何をブツブツ言ってるのよ。キュノ殿下の美しさ、分からないの? まぁ第一王子のあの黒髪黒目という地味さを見慣れていると、美しすぎて驚いたのでしょうけれど」
「は?」
クレオメガの発言に、今度は私が文句を言う番になった。
「デリーのどこが地味だってのよ。あの艶やかな黒髪に、ガラスを張り巡らせたような美しい黒目。顔立ちだって、整っていて派手なだけの顔とは違う品の良さがあるわ」
「なっ。誰が派手なだけで品がないと」
「そこまで言ってないわよ。あなたがそう思ってるんじゃないの?」
「し、失礼ね!」
「どっちが失礼よ! 関係ないんだから、近寄ってこなければ良いじゃない」
「関係あるわよ。キュノ殿下が興味を示されたのに、喜ばない女なんているわけがないわ」
「ここにいるっていうの!」
「なによ!」
「なんだっていうのよ」
「うるさーい!」
私とクレオメガの声がどんどんと大きくなり、今にも取っ組み合いが始まりそうに──エーグル辺境伯領だったら、すでに始まってたわね──なったところに、寮母先生が登場した。
「まったく。揃いも揃って、淑女の鏡であるべき第一王子と第二王子のご婚約者がなんですか。二人とも反省のために、今日は湯浴みを今すぐして、部屋から出ることはなりません」
「そ、そんな。寮母先生、私のお茶会の予定が」
「こんな騒ぎを起こした後に、お茶会を許すわけがありませんでしょう」
この寮母先生は、前王妃の侍女長をされていた方で、規律に厳しい方だ。
例え正妃派のトップの令嬢のであっても、そして王子の婚約者であろうとも、目こぼしすることはないらしい。
ま、私は部屋に籠もって本を読めるのでラッキーなんだけど。
「申し訳ありません。私は今から湯浴みをして、すぐに部屋に戻ります」
「イリス・エーグルは素直でよろしいわね。クレオメガ・ワストル。あなたも素直に従いなさい。ここでは我が儘は許されません」
彼女のお茶会云々は、ただの我が儘として、扱われてしまった。
まぁ我が儘なんだけどね。貴族令嬢を預かる寮なので、ある程度の規律はしっかりと守られないといけない。
寮母先生は悪くはない。そして、この面倒な彼女との言い合いに乗ってしまった私にとっては、ありがたい存在になったのだった。
***
「あ、今日のことって、親に報告とかいっちゃうのかなぁ。余計な心配はさせたくないんだけど。あとで確認しておこ」
湯浴みを終え──広い浴槽があるお風呂は最高だった──部屋に戻った。
飲み物などは使用人が用意してくれるらしく、ベルを鳴らす引き紐の場所でオーダーを分けてある。その紐は階段下(使用人室)に繋がっていて、どこの誰が何をオーダーしたかが分かるらしい。
お茶については、あらかじめ茶葉を渡しておくと希望のものを淹れて貰え、そうじゃなければ規定の茶葉を使うらしい。私は味にそんなにこだわりがないので特に渡してないけれど、これ、領地でお茶を作ってる人とか、上手く売り込めば良い商売になるんじゃないかしらねぇ。
「さ、本を読む時間にしましょ」
借りてきた六十七冊の本が山積みになっているワゴンを見ながら、胸が高鳴る。
「今日何冊くらいいけるかな」
ぱらりと開いた『毒虫の習性』のカラフルな色合いに、クレオメガを思い出す。
「毒虫はカラフルなんだなぁ」
人間も虫も、やたらと眩しいのには近付かない方が良さそうだ、なんて思ってしまった。




