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第18話 デリーと石と学校と

 収穫祭の日に捕らえられた女性は、正妃派の手の者だった。


「なんでわかったの?」

「え? なにが?」


 翌日、デリーと領地がよく見えるテラスでお茶をしながら、私は彼に疑問を投げかける。一口紅茶を飲み込んだデリーは、小首を傾げて笑った。

 今日の彼は、シャツをラフに着て、襟元に小さなルビーの襟ピンを付けている。こうした何でもない日の、何気ない部分にも、デリーは私の色を入れてくれるのだ。

 私も紅茶を飲み込み、口を開く。

 

「彼女が正妃派の手の者だってこと」

「彼女の発音だよ」

「発音?」

「うん。わずかにセルート大公国なまりがあったんだ」


 セルート大公国は、正妃の故国だ。

 発音に関しては、本からは発音記号だけでしか学ぶことができない。

 多言語話者になるために、今は教師についているけど、その分お手本のような綺麗な発音でしか、話せないから、なまりなどになると、お手上げだ。


「こちら側のパーティで、そんな発音をする人間がいるわけないからね」


 そもそも、派閥のパーティで、第一王子とその婚約者に、無理に絡んでくる時点で不審者とも言えるのかもしれない。

 彼女のドレスのポケットには、毒薬が入っていたので、私かデリーを狙っていたことは確かだ。

 失敗したらそれを自分で服毒するつもりだったのだろうが、すぐに没収されている。


「来月から学校に通うことになるし、身辺には気を付けないとね」

「学校……かぁ」


 そう。来月から学校に通うことになる。

 この国では、貴族が十四歳から十八歳の間に最低一年間は通わないといけない学校がある。

 最低一年というのは、必要な単位を全て取れば最短で一年で卒業できるという意味。

 日本の乙女ゲームだというのに、秋始まりなので、変なところで外国かぶれしてるなぁなんて想ってしまった。


 その学校が、神さま曰く乙女ゲーム『ローズガーデンの乙女』の舞台らしい。

 正直、そのゲームが実行されちゃうと面倒くさいので行きたくないけど、国の決まりで行かないといけないから、ウェスタ兄さまやデリーと一緒に一年で卒業してさっさと帰領しようと思う。


「乗馬中に狙われてからは無事だったから、もう平気だと思ってたんだけどねぇ」

「あれは、婚約発表前にイリスを婚約者から外すことが狙いだったからね。でもイリスに連絡がないだけで、結構エーグル辺境伯家のねずみ取りには引っかかってるらしいよ」

「あらま。そうだったんだ」


 まぁ、私に告げても意味がないから、皆黙ってたんだろうな。

 私も教えて貰っても、どうにもできないから、そこは気にならない。

 

「ここではイリスは気にせずにいれば良いけど、王都となるとそうもいかないから、気を付けて」

「うん。私は皆程強くないから、気を付けないとなぁ」


 それでも、普通の令嬢よりは強いと思うけど。

 さすがに男性と比べようとはこの年になると思わないけど、侍女や女性の使用人達と比較しても弱いからなぁ。


「僕とウェスタがいるから」

「ふふ。安心ね」


 デリーは第一王子だと言うのに──だからこそなのかもだけど、我が家では兄さま達と一緒に剣の稽古をしている。

 アレ兄さまが、筋は悪くないと言ってたので、兄さま達ほどじゃないにしても、腕はかなり良いのだろう。


「そういえば、メル兄さまと一緒に発酵グーツ石を仕入れに行ったじゃない」

「アジェスティに?」

「そうそう。お土産に貰ったムーンライトルビーを、どう加工しようか迷ってて」


 ムーンライトルビーとは、アジェスティ王国でしか採れないルビーで、通常のルビーが月の光を浴びると、その色合いが濃くなってまるで黒曜石のような深い黒色を見せる。まるで私の色とデリーの色が混ざり合ってるようで、すごく……その、エロティックだな、なんて思ってしまった。


 アジェスティ王国でも、滅多に産出されないらしいので、多分ものすごくお高い。さすが第一王子……。

 そんな石なので、信頼できる石屋に依頼して加工して貰おうと思ってるんだけど、そもそも何に加工するか迷っているのだ。


「やっぱり指輪? それともネックレス……ブローチ……」

「イリスにいつも付けていて貰いたいから、ネックレスが良いかな。農作業するときに、指輪だと邪魔になるだろ?」

「それもそうね。じゃぁネックレスにするわ。デザインはジョニュア女史に相談する!」

「うん。完成したら、僕に付けさせてね」

「……わかった」


 こういうちょっとしたところが、なんか、格好良いのよね。

 私ったら、いつの間にデリーのことこんなに好きになってたんだろ。


「大量に買い付けした発酵グーツ石は、もうすぐ届くことになるから、メルクリウ義兄上に仕込みを頼んである」

「そうなのね。果実酢以外にもちょっと使いたかったんだけど……」


 醤油や味噌を造るのに必要な麹菌。あれの代わりにならないか、と考えているのだ。

 

「いくつか、王都に送って貰おうか」

「あ! それが良いわ。向こうでは寮に入るから、週末に受け取れたら嬉しいな」


 そう。学校には寮があり、生徒は全員そこに入ることになる。

 侍女なども連れて行ってはだめで、学校側が使用人を用意しているんだって。これは、各家庭で虐待などが起きてないか、もしくは王家に対して妙な思想を植え付けてないか、などを監視するためらしい。


 確かに、貴族令嬢や子息は一人でお風呂に入るなんてこともないから、寮でも手助けが必要になる。

 そのときに学校側の採用している使用人がチェックをして、妙な怪我の跡がないかなどを、確認するのだろう。良いシステムだと思う。


 ……まぁ、プライドの高い高位貴族のご令嬢達が、侍女などを付けられないのをどう思うのかは分からないけど。

 私は記憶を取り戻す前から、野生児みたいだったしなぁ。


「学校に行ったら、図書室の本を一年の間に全部読んでみせるわ。きっと我が家にはない本もたくさんあると思うの」

「イリスは本が好きだよねぇ」

「大好き。だって、本を書いた人の解釈以外に、他人の解釈が入る余地がないんだもの」

「なるほど」


 勉強すること自体は嫌いではない。

 この世界のことは知らないことも多いから、それは楽しいけれど、教師の思想が入った情報に意味はあまりない。

 逆にその思想を知るために、教師に教えを請うことはある。でも純粋な知識としては、妙な思想や噛み砕きは不要だ。


 なんて、これは神さまからのチートがあるから、言えることなんだけどね。

 前世では、わかりやすい先生が大好きだったもん。


「じゃぁ、王城の図書室にも入れるように、手続きをしておいてあげるよ」

「えっ! ほんと? そんなことできるの?」

「イリスは僕の婚約者だからね。王子妃教育の一環とでも言えば、問題ないよ」


 第一王子の婚約者パスポート、強いな。

 そう言えば。


「私、王子妃教育とかで王城に通うことになるのかな」

「必要ないでしょ。やりたいなら教師を用意するけど、多分今のイリスが納得できる教師は少ないと思うよ」

「そんなことはないと思うけど」


 でもまぁ、知識だけを見たらそうなのかもしれない。

 実際にその知識をどう使うのか、どうやって役立てるのか。その方法を学べたら最高なんだけどなぁ。


「どっちにしろ、嫌かもしれないけど王城には何度か来て貰う必要がでるかもしれないから、それは図書室を堪能するため、とでも思ってよ」

「そう思うと、登城も嫌じゃなくなりそうだわ」


 つん、と彼の襟ピンを人差し指でつつく。

 デリーは笑いながら、少し困ったような顔で笑った。

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