第17話 収穫祭
麦の収穫が始まった。
エーグル辺境伯領では、この麦の収穫を以て収穫祭の始まりとする。
収穫を初めにした家の仕事が終わったタイミングで、人々は各村々で祝いをする。
それとは別に、エーグル辺境伯家の領民用の庭も開放され、一週間をかけて食事が提供されるのだ。
領地で作っている作物をこの日のために保管し、調理する。
ここ数年は、私が前世の記憶を持って美味しい料理を提供しているので、誰もがこの日を待ち望んでいた。
初日はお父さまが領主として挨拶をし、領内の貴族達も集まる。
庭は領民に開放される一方、貴族達のために屋敷のホールも開放していた。
「まぁ! そのドレス本当に美しいわ」
「イリス様が考案されたという、クリノリンのお陰よ」
「クリノリンと言えば、コルセットも……」
そんな会話が、ホールのあちらこちらから聞こえてくる。
今日ここに来ているのは、側妃派の貴族だけ。なのでまぁ、褒め言葉は話半分くらいに聞いておく方が良いだろうけど、それでも嬉しい。
褒められることが、というよりも、皆があの重くて邪魔なフリルを何重にもしたペチコートを着たり、肋骨が折れそうになるくらい締め上げられるコルセットを着けたりしなくて済むようになっていることが、だ。
「イリス、今日のドレス似合ってるね」
「ありがとう。デリーも素敵よ」
私のドレスはデリーの色である黒を基調としながらも、それをシフォンにしていることで、重さをださずに色合いだけを強調している。その下には、小麦の収穫の色とも言える黄金色を入れ、刺繍も同じ色で縫い取った。
髪の毛はいつも通りひっつめ……というよりも、綺麗にふんわりアップにして貰っている。
一方のデリーは、私の栗色の髪の色のコートに、私の瞳のピアスとタイピン、それにルビーを使ったボタンを縫い止めている。クラバットは華美にならないように結んでいた。
「僕は顔があまり華やかじゃないからね」
「冗談でしょ? デリーが華やかじゃなかったら、私なんてホウボウフクロウが良いところよ」
ホウボウフクロウとは、この辺りによく出るフクロウで、愛嬌のある顔はしているが、パーツが揃っているわけではない。
「ホウボウフクロウは知恵の象徴でもあるからね。それはそれで良いかもだけど、イリスは誰よりもかわいいし、美しいよ」
「デリーは、王都よりもエーグル辺境伯家にいる方が長いから、美意識が狂っちゃったのかしらね」
「これで美意識が狂ってるなら、世間の方がおかしいのさ。エーグル家の者全員に聞いても、きっと僕が正しいっていうさ」
「わかったわ。我が家が私に激甘なのは、自覚があるの。デリーもその一人、ってことで」
くすくすと笑いながら、デリーの肩に頭を寄せる。彼は当然のように私の腰に手を回し引き寄せた。
その様子を、周りの貴族が見てはため息をつく。
仲が良い二人を見るのは、仲が悪い二人を見るよりも、こうした場にはふさわしいからね。
「ドレス、イリススタイルがそのうち王都でも流行るだろうな」
「その頃には、側妃派の女性陣は全員クリノリンを持っているわ。そして、そのクリノリンは私がオーナーをしている商店でしか売っていない」
「イリスのその対応、立派な王子妃ができあがってるな」
「そこが問題なのよね」
「ん?」
「んーん」
第一王子という立場のデリーは、私が王妃になりたくないことはバレてはいる。ただ、私がそんなことを言ってもどうにもならないからね。
でもなかなか覚悟もできず。悩ましいわぁ。
「よう、お二人さん。楽しんでるか?」
「アレ兄さま」
「アレウス義兄上」
ワイングラスを片手に、アレ兄さまは陽気に私たちに話しかけてきた。アレ兄さま、お酒大好きなのよねぇ。しかも強い。
このワインも何杯目なのかしらね。
「アレウス義兄上のご婚約者殿は」
「あいつは今、メルクリウの婚約者と一緒に、貴族令嬢達を籠絡しにいってるさ」
「籠絡とはまた、穏やかではない言葉で」
「はは。でもまぁそんなとこだろ。派閥の女性を纏めるのも、大変ってことさ」
男同士のそんな話に、私も頷く。
「その通りです。私にはまだできないことだけど、お二人にいつか学ばないと」
「イリスは別の角度から、しっかり貢献してると思うぞ?」
「メル兄さま」
アレ兄さまの後ろから、メル兄さままで登場した。
「あの二人の得意分野と、イリスの得意分野は違うからな。適材適所ってところさ。ほら、あっちを見てみろよ」
メル兄さまの視線の先には、テミー兄さまとウェスタ兄さまが、派閥のおじさま方と楽しそうに話をしている。
「あの二人は、じいさん達にかわいがられるのが得意だからな」
「なるほど……」
うんうん、と頷けば、三人が笑う。
「イリスはそのままで大丈夫」
「もう。結局デリーも皆と一緒になって、私を甘やかすんだから」
「知らなかったのか? デリーは我が家の誰よりも、イリスを甘やかすってことを」
「メルクリウの言うとおりだな。こいつの甘やかし方は、激しい」
「そうかしら……」
「ま、気付いてないなら、幸せってことだよ」
「アレウス義兄上、メルクリウ義兄上、その辺で」
「おお怖。この辺で俺たちは退散しようか、メルクリウ」
二人が離れると、デリーが私の体を一気に引き寄せた。
「デリー?」
見上げれば、「ん?」なんて顔をして私を見る。
「デルピニオ様」
「なんだい?」
私の後ろから、女性の声がした。
返すデリーの声は、今までの柔らかさが一切ない。
「あの、少々お話を」
「僕は今、婚約者と話をしているのが見えない?」
「い、いえその……。今エーグル辺境伯家の方が席を外されたので」
「うん。でも、ここに僕の婚約者がいるんだけど」
「ほ、ほんの少しで良いので……」
「……わかった」
わぁ。これ、私口挟んだら、面倒になるヤツよね。
黙ってる方が良いけど、なんか彼女がいたたまれないし、何よりめでたい収穫祭で、何かもめ事が起きるのもなぁ。
「イリス、今ウェスタが来るから、彼と一緒にいて。絶対にウェスタから離れないでね」
「ん? うん」
私の耳に囁くように告げたデリーに、了解を返す。ウェスタ兄さまが来たので、言われたとおりに兄さまの手を取った。
デリーは、声をかけてきた彼女を連れて、三番と呼ばれるテラスに向かう。
「ウェスタ兄さま、デリーが彼女をあそこに連れて行くと言うことは」
「ああ。紛れ込んだ何かだろうね。デリーは何で感づいたのか」
三番のテラスは、今回のパーティで不審な人物がいればそこに連れだし、密やかに奥の間に連行するための導線となっていた。
彼女の何が不審だったのかはわからないけど、何か確信があったのだろう。
それにしても。
「デリーが……というか、第一王子が、自らやることなのかな」
「まぁ、あいつはイリスを守るためなら何でもするからなぁ」
ウェスタ兄さまの苦笑いが、妙に実感を伴ったもので、深く聞くのはやめようと決意したのだった。




