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断頭台の歩き方 ~悪役令嬢などありえない

初!短編です

1 覚醒・覚悟


「……意志を問うのはこの一度だけです。諾、と答えたのならば二度と戻ることはかないません。貴方に問いましょう。王家の秘事を修める覚悟はありますか?」




 その問いを聞いた時、一瞬の眩暈の後で人格が切り替わったことを自覚した。

 多重人格ではない。王妃からの言葉を受け、稲妻なような衝撃が走り前世を走馬灯のように思い出し、瞬時に前世の人格と統合を果たしたのだ。

 それは六歳から十六歳となる現在まで、十年間に渡って受けた王子妃教育の成果である、思考の加速が遺憾なく発揮された結果だった。


 ……六歳で子供を断頭台への一本道へ乗せ、そのまま放置して自分達だけその栄耀を享受するなんて、モンスターペアレントも真っ青じゃない。王子妃候補として家から通うことも出来たのに、王家へと預けてそのまま放置。都合がいい時だけ王子妃候補という看板を利用して、私が一歩間違えれば自分達も断頭台へ消えることを自覚さえしていない。最低ね。もうこれ以上、そんな実家の為に王家なんてものに関わって人生を棒に振るなんて真っ平だわ。


 この国、アーベンレール王国には現在年子の王子が二人いる。継承権の順位は原則として生まれた男子の順となるが、今代では第一王子は体が丈夫ではなかったことから、立太子の選定は二人の王子が成人の儀を迎えてから、と王により決定されていた。

 だが、選定を待っていては当然王妃、王子妃の教育が間に合わない。だから王家は今から十年前、高位貴族家へと通達を出したのだ。


【王妃、王子妃候補の選定、教育は同時に行うものとする】


 第一王子、第二王子のどちらの婚約者とは定めずに、同時に王妃と王子妃候補の選定を行う、と宣告したのだ。

 しかも決定枠は二つでも、あくまでも候補の選定なので王子と同世代、五歳から七歳の高位貴族の子女を複数募ったのだ。


 本当に悪辣よね。候補と言いながら指名せずに伯爵家以上の爵位から募る、だなんて。まあ王家としては得しかないものね。嬉々として送り込んだ私の生家ような貴族家や、王家が参加を促した家の子女、同時に資質を図れたのだから。


 王妃、王子妃候補を募り、教育を始める相手が五歳から七歳の子女。家の教育がいくら行き届いていても、限界がある年齢だ。

 当然のことながら嬉々として王家へと送り込まれた子女は、半年と持たずに半分以上が資質なし、と帰された。


 そうしてこの選定方法の悪辣さを理解していた良識ある家は、子女に献身的な努力を求めずに、能力に能わず、と辞退を申し出て去って行った。その代償は王家への手前辞退した子女は高位貴族へ嫁げないことだが、それよりも娘の命を選択したのだ。


 私の家はその点侯爵家の中でもここ何代も悪評を極めている。それでも侯爵家にとどまり続けられるだけの能力を有していたことが、更に私を断頭台への一本道への選択へと進ませた。本当に笑い話にもならないわよね。


 私はとりわけ優秀な子供ではなかった。一緒に王子妃教育を受けていた子女の中でもついて行くのはいつもギリギリだ。それでも自分に帰る家も待つ家族もいないことが理解出来るだけの頭があったことで、惰性のまま幼少期を離宮で王子妃教育を受けて過ごし、死にたくないが為に頑張ってしまった。


 だって途中で脱落したら帰るのは実家ではなく、そのまま良くて修道院、悪ければそのままどこぞへ捨てられるかそのまま幼児趣味の家へ出されるだけと分かっていたからだ。その諦観が私から子供らしい喜怒哀楽を奪い、皮肉なことに王妃、王子妃の適正を高めてしまった。そうして今、候補に残っているたった二人の内の一人となるまでになっていたのだ。


 その結果が断頭台、だものね。ふざけるな!よ。さあ、考えるのよ。今までは逃げて生存することへの希望が一切抱けなかった。でも前世を思い出した今なら別よ。このまま死んでなんてやるものですか。絶対に私は諦めなんてしないわ。


 この十年間の教育で培った思考加速を、今こそ十二分にでも発揮する時だ。

 今までの私なら言えなかった。いえ、言えないという絶望が前世の記憶を呼び起こした。だからさあ、始めましょうか。




「ティリア・プルースト侯爵令嬢。貴方の答えはーーー」


「ーーー私には、王家の秘事を修める覚悟は持ちえません。私がその尊き立場に立つことを望む方は誰もおりませんし、私もそれを望みません。候補からの辞退を願います」


 断頭台への道のりから、降りて私は私の人生を歩む為に。




2 悪役令嬢


「第一王子殿下、第二王子殿下はもちろん、他の貴族家の方々の誰もが私がその立場に立つことは望まないでしょう」



 これは断頭台を回避する為の言い訳ではない。実際に私のことをこの国に必要、と認めてくれたのは、今、目の前にいる王妃とこの城の女官長だけだった。


 まあ、それにあと一人はいるけど……表に出ている立場の人はその二人だけ。本当に、笑っちゃうわよね。


 五歳から一度も離宮から出ることもなく、粛々と教育を受けていたのに、結局その十年間で二人の王子も、それに一緒に王子妃教育を受けていた子女さえも誰一人として私と向き合い真摯に話しかけてくれた人は居なかったのだ。


 王妃や王子妃になることを望んだことは一度もなく、ただ生き残り全てのことから解放されることだけを考えていた。それなのに、周囲は私が王妃を望んでいると嫌味を言っては嫌がらせを繰り返す。


 その理由は、私の私の生家であるプルースト侯爵家の悪名、そして私にその悪名を覆す、または切り離すだけの魅力が無かったことだろう。


 私は銀色の髪、碧眼だが銀色の髪はくすんだ灰色に見えるし、碧眼も深海を思わせる暗い色だ。そして目鼻立ちも前世の記憶からしたら十分に美人だが、代々美人の因子を取り込み続けて来た貴族家のキラキラしい美しさとは無縁の顔立ちだった。


 それに、五歳の時に生家から捨てられるように離宮に来たが、メイドも最低限の世話をしてくれただけだったし。これで天真爛漫でいられたら、とんだお花畑だわ。


 私の生家であるプルースト侯爵家は、元々ここ何代も悪名ばかりを積み重ね、黒い噂しかない。今、廃爵になっていない理由も、裏で暗躍した結果だろう。

 その上、私が候補として残っていることから更にやりたい放題な為、子女達は親に言い含められているのか目をそらし、王子二人も最低限の接する機会でもいつも不機嫌な顔で無視をされるのでまともに顔を会わせたこともない。


 もうこうなると、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したんじゃないか!とか思っちゃうけど、この国には貴族の子供が通う学校はないのよね。まあ、考えてみれば男女一緒に思春期を過ごす、なんて家の面子を重要視する貴族世界ではあり得ないしね。


 魔法があれば国の監視の元に訓練、なんて名目からもしかしたら学院もあり得たかもしれないが、この世界には魔力も魔法も存在しない。


 まあ、でも彼らからしたら、私は正に悪役令嬢なんでしょうね。私という悪役、下に見る存在があれば団結しやすいし。


 この国の成人は十七歳で、貴族は十七歳になる年、新年の王家主催で行われる舞踏会で同時にデビュタントを迎えて成人とみなされる。

 幼少期の家同士の繋がりの為の婚約もあるが、嫡子以外の子は婚約が子供の頃に整いにくい為、お見合いを兼ねたデビュタント前の社交の訓練としての茶会が、毎年社交の時期に王城で何度か開かれている。


 これは同世代の顔合わせを兼ねており、国内の貴族の十四歳からデビュタントを迎える前の子供が全員対象となる。なので婚約をしている男女も参加するし、そして王子二人と王子妃教育を受けている子女も参加が義務となっていた。

 そこでも私はいつも一人で、そして下級貴族の子からさえも、悪意ある嫌味を聞こえるように言われては嘲笑をされていた。

 誰一人として、嫌味以外の声を私に掛ける人はいない。


 ……第一王子は病気がちということもあって出席してもいつも青白い顔をしているし、悪名高いプルースト侯爵令嬢である私を避けるのもまだ理解出来る。でも、第二王子は……。


 病気がちな兄、第一王子よりも自分の方が王太子に相応しい、と常に貴族子女に嘯いているのだ。はっきり言って国王陛下の権限を侵しているので、第一級の犯罪、王家反逆罪でそれこそ断頭台へ一直線となってもおかしくない。

 いくら公式の場ではそのような発言をしていないとはいえ、護衛と監視役である王家の影がその発言を国王陛下へ報告しない訳がないというのに……。


 それなのに未だに私の方を見て、「悪名高い家が国の顔となる王妃になろうなどと厚顔無恥も甚だしい!」とか言っている神経が信じられないわよね!毎回たくさんの令嬢を何人も侍らせていることからしても、この国の未来には不安しかない。


 ……自分に影が常についていて、その行動の全てを監視されている、と知らない訳ではないわよね?王子だもの。まさか知らない、なんてことは……。


 コツン、と音が出てないか出ているか、というくらいの微かな音が私の脳裏に響き、ハッと顔を上げる。

 分かっているわ、アン。今が勝負時。必ず私の自由を勝ち取ってみせるわ!


 そう、天井裏かどこかに今も隠れて見守ってくれているだろう、私の影であり、ただ一人、私のことを理解し、心配してくれたアンに心の内で誓ったのだった。


 さあ。始めましょう。ここからが交渉の時よ!



  

3 交渉


「ティリア……。貴方の努力は私がずっと見ていました。確かにプルースト侯爵家の悪行はもう見逃せませんが、貴方とはこの十年間、一度も接していないことは私が証明いたします。だからこそ、この選択の機会を貴方に与えることを、王も宰相も承認したのですから」



 そうか……。私は、王妃や女官長が私のことを厳しく指導しながらも、きちんと見守っていてくれることは理解していたけど、王も宰相も私の努力は認めていてくれたのね。


 そう思った瞬間、胸の奥にいいようもない温かさが溢れた気がした。ここで十年間、孤独に戦っていた私を見ていてくれた人はいたのだ。でも、それでも。


 ティリア。私はここから出て自由に生きることを望むわ。それでいいわよね?


 こくん、と心の中で頷く気配に幾分緩んだ顔を引き締め、顔を上げて真っすぐに王妃の瞳を見つめた。


「それでも、プルーストの名の元に生まれた私が王族に名を連ねることは、国民も望まないでしょう。私は国に混乱を呼び、やはりプルースト、と言われることだけは嫌なのです」


 恐らくこの最後の選択の条件は、私がプルーストの名を棄てて名目だけでも他家へ縁組して名前を変えること。それでも私の中に、唾棄すべきプルースト侯爵家の血が流れていることは覆せないなら同じことだ。そんないつ断頭台へ踏み出すのかのデッドヒートの生活なんて、もうまっぴらよ!


「……そう。でも、この選択をここで断ると……」


 王家や国家の秘事にはまだ触れてはいないが、逆に言えばそれ以外のことはほぼ学び終えてしまっている、ということ。


 だからプルースト家に私を戻す、なんてことは、初めから王家的にもありえないのだ。今回の選択は、私にたった一つだけ与えられた、正しく生死の選択なのだ。


「ええ、分かっております。私の存在が、この国の騒乱の種になることは望んでおりません」


 悪名高い侯爵家の、王妃、王子妃教育を受けて選抜を生き残った令嬢。これがどれだけ国家にとっても煙たい存在か。


 ふふふ。だって、魔の森を攻略し、人類の生息域を広げる!を唱えて三百年前に戦乱の世に名乗りを上げ、そして実際に魔の森に接していた三国を攻め滅ぼし、この大陸の覇者へと名乗りを上げた。でも……。


 実際には全く歯が立たなかったのよね。魔の森、と言われるだけあって、森へ入って一キロもいかない場所で上級魔物まで出るのだ。魔法のない世界で、人相手なら勝てた軍事国家でも、そんな森を切り拓くことは夢物語でしかなかった。


 だがその事実を隠さなければ、他の国に攻める口実を与えることになるので、この三百年、他の国とは最低限の国交しかもっていない。

 当然国境は常に緊張状態であり、そこには国の精鋭部隊が派遣されている。そのせいで更に魔の森の攻略から遠のき、今では逆に人の生存域は狭まっているのだから。


 そんな我が国から、悪名高いとはいえ侯爵家、さらに王妃、王子妃教育を修めた令嬢を外の国へと嫁がせる訳には万が一でもいかないのだ。


 しかも、プルースト家は外国と繋がっている疑惑から、そろそろ粛清される筈なのよ。よく私、今まで始末されなかったわよね。きちんと教育も他の人と同じように受けさせて貰っていたし。


 まあ、そこには悪意もしっかり混じっていたが。そのせいもあって私は何倍もの課題を出され、必死になってこなしたことでついに最後の候補まで残ってしまったのだ。本当に皮肉なものだ。



「私の望みはプルースト家の連座を避けることです。プルースト家の断罪の折には、私を今までの功績をもって魔の森への追放、で収めていただけませんでしょうか」



 そう。これが私の望み、断頭台から逃れるたった一つの道なのだ。




4 追放


「今まで王家直轄地をしっかりと運営するだけでなく、特産品まで生み出してくれたティリアを、魔の森へ追放、だなんてそんな……」




 王妃、王子妃教育には王子妃となり、公爵として領地を授かった後の領地運営が含まれおり、実際に王家直轄地の運営までが課題として出された。


 この課題も押し付けられてほぼ一人でやっていたのよね。第一王子は病弱を理由に、そして第二王子は俺はこの国の王となるのだから領地運営などする必要がない、との理由で。本当にこの国、大丈夫なのかしら。


 記憶が戻る前の私が生み出した名産品、それは干しキノコだ。

 干しキノコを竹に似た木の水筒に入れて持ち歩き、そこに干し肉を少し削って入れ、小麦粉を固めただけのまずい保存食を入れて煮込めばそれなりに食べられて栄養満点スープとなる。


 これは爆発的に探究者、いわゆる冒険者に広がり、一気に国全体で取引されることになった。


 恐らくうっすらと前世の記憶があったと思うのよね。森の資源として並べられた物の中に、移動でしなびたシイタケに似たキノコを見た瞬間、これだ!って閃いたもの。


 そしてつい好奇心のままそのキノコを窓辺で干し、水に入れて戻してを実験していたら成功したのだ。

 お陰で干す、という調味方法が広まり、今では様々な野菜を干して保管出来ないか検討されるまでになった。


 干しキノコが成功してしまったことで、王子二人には更に煙たがられてお茶会でのイジメの陰湿さが上がってうんざりもしたのだが。

 恐らくこの功績があったからこそ、悪名高い侯爵家にかかわらず私が最終候補者にまで残ったのだろう。


 今こそその功績を盾にでも、魔の森への追放を勝ち取らなければ。断頭台まであと一歩、から何としてでお逃げてみせる!その為には……。



「……今残っている候補は二人ですが、王妃を担う方がいらっしゃれば、近々まで候補に残っておられた方がおられます。それに、シャリリール様は、殿下からも求められていらっしゃられますので」


 半年前まで候補に侯爵令嬢がもう一人残っていたので王子妃の教育は間に合うし、辞めて行く時にも、私に盛大にそう嫌味を言って去って行ったのだから本人もそのつもりなのだ。


「確かにシャリリールは、王家の秘事を修めれば王妃に足るでしょう。ですが、彼女は……」


 そう、彼女は第二王子が王になると信じ切っており、第二王子にべったりなのだが、能力的には問題はない。


「ええ、彼女は王妃たる能力はあります。そして私には全くない、貴族からの人望もあります。私がこのまま妃に決定したら、貴族の方々の叛意を煽ることになりかねません」

「いえ。今日の意志の確認が終わり次第、貴方をプルースト家から籍を抜くことは決定しておりす」


 恐らくそれを盾に、私に矢面に立たせて第一王子の回復、または子が出来るまでの期限の延長を狙うのだろう、と私が最終審査まで残った時点で推測はしていた。


 けど、第二王子とシャリリールの婚約が決まれば、プルースト家を除く貴族家の大半はそちらにつく。それは王家にとっても都合が悪い筈だというのに。王家の本意はどこにあるのかしらね?


ーーー何故ならば。第二王子には、王家が持つスキルを所有していない。だから第二王子は王太子にはなり得ないのだ。


 このことを私が知っていると知られたら、今すぐ断頭台へ送られるか一生飼い殺しになるわよね。


 

「それでも私の中に流れる血は変えられません。……だからどうぞ、私のことは魔の森へとお捨て置き下さい」


 決して知られてはならない。そう何度目かの決意の元、もうほぼ変わることのなくなった表情に、ほんのわずかな憂いを浮かべてみせたのだった。




5 スキル


 この世界には魔力も魔法も存在しない。が、スキルは存在している。

 スキルには剣や鍛冶などの技能系だけではなく、魔法のような現象も具現化することが出来るのものもあり、様々な種類が存在している。


 この世界にはステータスもなく、鑑定スキルもない。だからどんなスキルを保有しているのかきちんと調べる術がないので、自分が持つ技能とスキルの区別がついている人はほぼいなかった。


 でもティリアはアンを通じて鍛錬して様々なスキルを身に着けてもいる。だからいざとなったら抜け出すことも出来なくはない。でも……。


 それは最後の手段なのよね。だって王家が所有している血統スキルが。


ーーー隷属スキル、なのだから。




「ティリア……、決意は、変わらないのね?」


 じっと私の瞳を探るかのように見つめる王妃の視線に、内心を綺麗に隠して儚く苦笑してみせた。


「ええ。申し訳ありません。もし……。もし、魔の森へ追放されて生き延びられたら、ただの平民のティリアとして捨て置いて貰えますか?それだけが……私の望みなのです」


 更に強くなる視線に、自由への渇望の本心を少しだけ瞳に乗せて真っすぐと見返す。


「……そう。分かったわ。でも、十年間きちんと務めを果たしてくれた貴方を、ただ魔の森へ放り出してその命を無残に散らすことなんてならないわ。では、貴方の意志は王へ伝えましょう」

「ありがとうございます。……お世話になりました」


 感謝の笑みを仄かに浮かべ、優雅にカーテンシーをしてみせたのだった。


 やはりただで解放なんて、してくれる訳ないわよね。断頭台への一本道から逃れるまで、気を抜かずにやりきらなければ。まだここは、自由への第一歩なのだから。




 表面上はまるで義理の親子のように、挨拶を交わし別れた。これで王妃と二度と顔を会わせることはないだろう。

 そのまま培った鉄壁の無表情に固め、離宮にある貸し与えられている部屋へと下がりただじっと待つ。

 そして、予想通りに翌日には王との謁見が決まった。



 ここが正念場ね。大丈夫。アンとティリアの努力を信じるわ。


 固い決意は無表情の下へ隠し、質素なドレスに身を包んで簡素な髪型へと整える。

 毎回のことなので、一人で身支度するのも慣れたものだ。


 そうして呼びに来た侍従に無言で案内され、とうとう王との対面へとなった。



「ティリア・プルースト。十年に及ぶ勤め、ご苦労だった。今頃はプルースト家への一斉摘発が開始されただろう」


 その言葉に無言で深く頭を垂れ、恭順の意を示す。


「よって、そなたの選択の通り、魔の森へ追放とする」

「ありがたき幸せにございます」

「……頭を上げよ」


 来た。いい、不自然にならないように目を合わせ、その瞬間に発動するのよ。


 ゆっくりとカーテンシーを崩すことなく顔を上げ、王の顔を見返す。

 目と目が会った瞬間、頭の奥に何らかの力の干渉を感知した。瞬時に私も自分のスキルを発動する。


 ーーースキル。二重思考&高速演算


 表面の意識を分割し、更にそれぞれの思考の速度を上げる。

 そして片方の表面の意識にスキルによる干渉を感知すると同時に意識をそらす。そのままとどまることなく意識をそらし続けることで、意識のほんの表面だけでスキルの干渉を受け止め切るのだ。


 よし。これなら王には私に隷属が掛かっていると思わせられた筈。アンのとの鍛錬の通りだわ。しかし、王家の業は深いわよね。鍛錬を重ねて取得したスキル以外のスキルの存在を闇に葬ることで、こういった他人の意識への干渉や魔法に似た現象を起こすスキルを取得出来なくしているだなんて。


 当然、これは諸刃の剣だ。今は国交はほぼ絶っていているがこの国以外ではスキルの存在は一般常識となっているし、鑑定ではないが確認の手段さえある。


 だから、今この国が侵略を受けたとしたら、子供の首をひねるよりも簡単に落ちるだろう。国よりも、王家は支配の永続を選んだのだ。


 まさに張子の虎よね。でも、だからこそそのことが露見しないように、執拗に監視が国中に張り巡らされているから、安易に私が平民になって国外へ逃げる、なんてことは不可能だし、それどころかこの城を出た瞬間、闇に葬られるわね。



「ふむ。残念だが、安心せい。ただ魔の森へ放り出すことはしない。きちんと案内の者をつける。すぐに荷物を纏めるがよい」

「お心遣い、ありがたく承ります」


 そのまま再度頭を下げて王が去るのを見送り、速やかに謁見の間を出て離宮へと退散した。



 さあ、ここらからが正念場よ。断頭台の一本道から絶対に逃れてみせるわ!




6 解放・始まり


 部屋から持ち出す物はない。部屋の物は王家から支給された物なので、全て置いて行く。


 部屋へ迎えに来た侍従と共に裏口へ回ると、平民の服を手渡されて着替えた。身に着けていた物も髪紐以外は全てその場へ置いた。


 今も監視しているのでしょう?大丈夫。何も持ち出したりしないわ。


 護身術も習ったが、刃物の扱いは含まれていなかったので、身を守る術は少しの体術とアンに学んだスキルだけだ。


 着替えが終わり、最低限の替えの服が入った袋を受け取ると、先導されて裏口から王城を出て荷馬車へと乗せられた。

 そのまま王都の外へと走り出した瞬間、開放感に包まれたが、まだ自由をつかみ取ってはいないと気を引き締める。


 そこからはほぼ無言のまま野営を繰り返し、魔の森を隔てる防壁までは何事もなく辿り着いた。



「ここで待て」


 食料と水袋を受け取り、ここまでの案内人と別れて門の外で一人待っていると。


「このまま森へ向けて進め」


 姿は見えないが耳に響いたその指示に従い、森へ向けて一歩を踏み出す。


 ここから森まで約十キロ。兵士の視線が切れるのはしばらく先に見える林ね。


 草の生い茂る草原の細い獣道をただ真っすぐに進み、林に入りしばらく歩いた処で止まって水を飲む。

 もうここからは防壁は木に遮られて見えない。


「意志は」

「国外に脱出よ」


 スッと気配もなく木の影から、二十歳過ぎに見える一人の女性と中年の男性が一人現れた。


「やっと会えたわね、アン」

「まだ気が抜けないよ」

「ええ、分かっているわ」


 二人には獣の耳と尻尾があるのを冷静に受け止める。

 この国が侵略し、滅ぼした魔の森に隣接した三国の内二つは、獣人の国だったのだ。ただ、現在国内に表立って獣人の姿を見ることはない。


 全く。森へ生き残りを追いやり、降伏させて隷属させるなんて本当にろくでもない王家よね。ましてやそこまでしておいて影としていいように使うだなんて。


 アンの姿を見たのは今が初めてだが、七歳の頃、毎日部屋に一人きりでぼんやりと佇む私に、こっそりと声を掛けてくれたのだ。


「俺は洗脳の掛かりは薄いが、人質を取られている。二人だけで行くのか?」

「ええ。森の淵を抜けて山を越えるわ。必ず王家を打倒するから、待っていて」


 魔の森のすぐ手前には獣人の集落があり、隷属を掛けられた人々によって厳重に管理されている。王家としてはそこで私を監視する予定だったろうが、この三百年で獣人達も隷属のスキルへの対抗策を練っていたのだ。


 隷属スキルを拒むと感知されて人質が殺されるので、薄く表面上だけスキルに掛かる方法を確立させたのだ。


 でも、実際にここでアンと合流出来るかは掛けだった。厳重に隷属スキルに支配されている人が同行していたら、集落へ連れて行かれてたわね。


 その幸運に気を緩めそうになったが、ここからはアンとたった二人で監視に見つからないように魔物と戦いながら魔の森の淵を行かなければならない。

 そこまでして国外に脱出しても、今の王家を打倒しない限り、私は追われたままだろう。


 断頭台へ一歩手前からは少しは遠ざかれたわ。まだまだ自由には遠いけどーーー。


 髪に手を伸ばし、束ねたままの長い髪をアンに差し出すと、無言でバッサリと断ち切られた。


「集落の手前で魔物に襲撃されて死亡、の偽装をお願いします」


 渡された着替え一式と髪の束を差し出すと、力強く頷いてくれた。


 


「さあ、アン。行きましょう」


 どうやっても断頭台へと続く道なら、私なりに歩いてみせよう。道半ばで途絶えたとしても、自分で決めたのなら、後悔はない。




 ここから始まるのは、私達の自由への抗いの旅ーーー。




 

別サイトのコンテスト用に書いた短編です。

一度は短編を書きたかったので書いてみたのですが、大変でした……

(文字数制限があったのでラストの纏まりが……ですがそのまま投稿します)


普段はもふもふなファンタジー長編を書いていますので、良かったらそちらも読んでみて下さい。

1/30 GCノベルズ より

『ちび神獣たちのお世話係始めました ~世界樹の森でもふもふスローライフ!~1』

発売します!そちらもどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>

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