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第十三話:村でスペイン風邪が流行る

 村民集会から四日後。

 アビーが朝目覚めると、どうも肩が痛い。しかし、あまり気にしなかった。

 昨日、猪を仕留めた。久々の大物だったので、今日はスチュワート村長との以前の約束で猪の肉の一部を持って行くことにした。


 外に出ると今日は天気がいい。秋晴れだ。

 アビーは荷台に猪の肉を置くと荷馬車の馬具を馬のジョンにつけた。自分が小さい頃のジョンはたてがみもつやつやしていて、颯爽と走り回っていたものだった。ジョンもだいぶ年寄りだなあと、もしこの馬が死んだらけっこう大変だなと心配になった。それに荷馬車の方もだいぶガタがきている。


 フィラデルフィア市まで毛皮を持って行くには馬と荷馬車が必要だ。新しい馬や荷馬車を購入した場合、馬ってけっこう高いし、エイベルが残してくれたお金が全部無くなってしまうかもしれない。まあ、そうなったら一生懸命、狩猟に励んで稼ぐしかない。それとも、いっそ自動車でも買おうかな。戦争も終われば人手不足も解消されて自動車がもっと安くなるかもしれない。


 そう言えば、もう一人になってしまったし、狩猟に行っている間に、泥棒とかにエイベルが残しくれたあのお金が盗まれたりすると困る。アビーは村役場に預けようと思ったが、とりあえず普段食事している机の下に隠した。


 荷馬車をゆっくりと走らせる。村に入ると大勢の人が集会場の前にいた。地面にぐったりと座っていたり、横になっている者もいる。自警団のリーダーのオズワルド・ウィンターズもその中にいた。ぐったりとして動かない様子だ。ウィンターズの部下の人たちもつらそうに座り込んでいる。


 スチュワート村長がいた。

 マスクをしている。


「どうしたんですか、スチュワート村長」

「高熱を出して倒れる人が続出してるんだ。実は村民集会の翌日から診療所のベッドは満員だったんだが、あっという間に患者が増えてしまった。集会場の中に臨時の治療所を設置したんだがもう患者でいっぱいだ」

「もしかして、スペイン風邪ですか」

「その可能性が高いな」


「シュミット、じゃなくてスミス先生はどうしたんですか」

「それが先生も倒れてしまったんだよ」

「大変じゃないですか」

「それでな、郡の保健当局へ応援を呼んでいるとこなんだよ。ただ、どこも医療関係者は不足しているし、どうなるかわからないな」


 アビーはフィラデルフィア市の銃砲店の店主がスペイン風邪は若い人が中心に罹っている場合が多いと言ってたのを思い出した。ウィンターズさんやシュミット先生もまだ若かった。それでスペイン風邪に罹ってしまったのだろうか。


 それにしても、自警団のリーダーのウィンターズさんまで倒れてしまうなんてと、アビーは不安を覚えた。


「アビー、危険だからすぐに自分の家に戻ったほうがいい」

「じゃあ、猪の肉を村長さんの家に届けたらすぐに戻ります」


 アビーは荷馬車を走らせて村の奥にある村長の家に行って肉を届けた。さっさと戻ろうとすると、集会場の前にショットガンを持った連中が二十人くらいいる。アンダーソン一派だ。スチュワート村長と口論している。


「村長、これはドイツ人たちの陰謀だ。ドイツのスパイが入り込んでいる。連中がスペイン風邪の病原菌をばらまいたんだ」

「何を馬鹿なことを言ってるんだよ。この村は閉鎖してたわけじゃないんだから、どこからスペイン風邪のウィルスが入ってもおかしくない状況だっただろ」


 そこにフォード車に乗って背の高い男が現れた。クライド・アンダーソンだ。隣にはマーシャル牧師もいる。


 フォード車から降りたアンダーソンが村長に言った。


「村長、マーシャル牧師から聞いたんだが、最近、診療所を襲った奴がいるそうだな。そいつもドイツ人だったんだろ。被害者の血で壁にドイツ語でなにごとかを書いたそうじゃないか。ドイツ人は狂っているな」

「ドイツ語で書いたのは事実だが、その犯人はドイツ人でもドイツ系でもないぞ」


「ハーマン家が村に戻ろうとした途端、スペイン風邪が流行った。最近、その娘も村に入り込んできたって話じゃないか。これはハーマン家がドイツのスパイである証拠だな」

「あんた、なにめちゃくちゃなことを言ってるんだよ」

「ハーマン家をかばうあんたもドイツのスパイじゃないのか。夜な夜な隠れてハーマン家の方へ行ってたそうじゃないか。知らないとは言わせないぞ」

「あれは食料を届けに行ってただけだよ。ハーマンさんの子供たちの健康が心配だったからだ」


「信用できないな。それにスミスって医者も信用できない。もともとはシュミットって名前だったんだろ。つい最近名前を変えたみたいだが、なんにもやましいことがなければ変える必要はない。ハーマン一家も、せっかく村民集会で村に帰ることが許されたんだからすぐに戻ってくればいいのに、相変わらずあんな荒れ地に住んでいる。あの一家もドイツのスパイだろ。自分でウィルスをまいたから村には近づかなかったわけだ。スペイン風邪になりなくたかったんだろうな。あんたとハーマン、それに医者のシュミットがつるんでこの村にスペイン風邪のウィルスを持ち込んだんじゃないのか」


 地面に横たわっていた自警団のオズワルド・ウィンターズがふらつきながらも、なんとか立ち上がった。


「……おい、アンダーソン。ふざけるのもいいかげんにしろ。狂ってるのはドイツ人じゃなくてあんたの方だ……」


 しかし、ウィンターズに対してアンダーソンの部下たちが詰め寄る。


「なんだよ、お前はアンダーソンさんに逆らう気かよ」


 ウィンターズはたちまちアンダーソンの部下たちに袋叩きのリンチにあった。血まみれになって倒れるウィンターズ。部下の自警団メンバーも同様の目に会っている。他の人たちはアンダーソンたちを怖がって、遠巻きに見ているだけだ。誰も止めようとしない。クライド・アンダーソンはその光景を見てニヤリと笑った。ウィンターズたちは地面に横たわってほとんど動かなくなった。


 呆然としていたスチュワート村長がやっとアンダーソンたちを止めようとした。


「おい、やめろ。だいたい、あんたみたいな人がいるから、ハーマンさんは帰村を遅らせたんだよ。シュミット先生もスミスに名前を変えたんだ。おまけに患者の世話をしていたら、自分がスペイン風邪になって倒れたんだぞ」

「本当に病気なのか。ドイツ人は信用できない。尋問する必要がある。本人に会わせろ。場合によっては死んでもらうしかないな」


 アンダーソン一派が集会場へ入ろうとするが、村長が立ちはだかる。


「あんたみたいな人は村からとっとと出ていけ!」


 アンダーソンの部下がショットガンを村長に向けた。


「どけよ、村長」

「ふざけるな!」


 スチュワート村長がショットガンの銃身を掴んでもみあいになった。


 銃声が響いた。


 村長が地面に倒れた。血まみれになって全く動かない。

 周囲の人たちから悲鳴があがった。


 誤って銃を撃ってしまったのか、アンダーソンの部下は動揺しているようだ。しかし、アンダーソンは地面に血まみれで動かない村長を見て、平然と言い放った。


「ドイツのスパイであるスチュワートを成敗しただけだ。たいしたことではない」


 その時、看護師たちが担架で遺体を集会場から外に運び出してきた。

 スチュワート村長が血を流して倒れているのに仰天している。


「おい、そいつは誰だ」

「スミス先生です。残念ながらお亡くなりになりました……」


 看護師たちが怯えながらアンダーソンに言った。


 アンダーソンがせせら笑う。


「シュミットは自分でウィルスをまいて、自分がスペイン風邪で死んだ。ドイツ野郎は馬鹿だな」


 そして、続けて言った。


「これでドイツのスパイで残ったのはハーマン一家だけだ。連中にはあの世にいってもらう必要があるようだな。ハーマンとその妻と娘には死んでもらう。おっと、それに一匹、出来損ないがいたな。そいつもこの世からいなくなってもらうとするか。必要ないもんな」

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