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第十一話:村長とハーマン一家が訪ねてくる

 次の日もアビーは何もする気がしなかった。朝起きても食事もとらず、小屋の中で丸太椅子に座ってただぼんやりとしていた。すると昼近くに何人かの人たちが家に近づいてきた。誰だろうと扉を開けると、スチュワート村長がいた。後ろにはハーマン一家の四人もいる。ジェフはレイチェルに抱かれている。


「こんにちは、アビー。エイベルさんのことは残念だったな。お悔やみにきたんだが、エイベルさんのお墓の前で祈らせてほしいんだ。それで、ハーマンさんたちの家に用事があったんで誘ったんだよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 エイベルを全く孤独に葬ってしまって、アビーは内心罪悪感でいっぱいだったので、村長たちの訪問は心から嬉しかった。


 スチュワート村長が祈ったあと、ハーマン家の四人がエイベルの墓の前で長々と祈っている。

 その間に村長がアビーに聞いた。


「アビー、これからの生活の目途は立っているのかね」

「ええ、生活の方はなんとかなりそうです。祖父がけっこうなお金を残してくれたし、今のところ狩猟で生きていけそうです。ただ……」

「ただ、なんだね」

「家族がみんな死んでしまって、私はひとりぼっちになってしまった。それがつらいんです」


 アビーの言葉を聞いたエイダが、こちらに振り返って言った。


「ねえ、いっそのことアビーもあたしたちの家族にならないかしら」

「ありがとう。けど、ハーマンさんの考えと全然違うことしてるし」


 アビーの言葉を聞いてウォルターが言った。


「アビー、別に家族とか関係なく、今まで通りにうちとお付き合いすればいいんじゃないかな。我が家に来ればいつでも歓迎するよ。エイダやジェフとこれからもずっと友人でいてほしいんだ。それになにか困ったことがあったらいつでも相談してくれないか」

「ありがとうございます」


 すっかりひとりぼっちになってしまったと思っていたが、ハーマン家の人たちがいれば自分は孤独ではないと思いアビーは少しほっとした。


 そしてアビーは気付いた。

 ウォルター・ハーマンがすっかり髪の毛を短くしている。

 ひげもきれいに剃っている。


「ハーマンさん、髪の毛を切ったんですね」

「うん、あの長髪じゃあ、村に戻れないと思ってレイチェルに切ってもらったんだ。ひげも剃ったよ」

「じゃあ、いよいよ村に戻れることになったんですか」


 スチュワート村長がアビーに教えてくれた。


「ハーマンさんの一家の追放処分をやめさせようと思ってはいるんだが、まだ決まっていないんだよ。三日後に開催予定の村民集会で、村の世帯の代表者が集まって投票で決めることになったんだ。まあ、アビーにも村民集会に出てもらうかな」

「私も出席していいんでしょうか。女が投票とかしてもいいんですか」

「一応、アビーはウィリアムズ家の家長になったからな。それにウィルソン大統領が女性参政権を認める方向の発言したって話を聞いてなあ。ハドソン村でもさきがけて同様のことを行おうと思ってな」

「わかりました。集会では私はもちろんハーマンさんの復帰に賛成します。他のみなさんも賛成しますよね」


 すると、急に村長の顔が暗くなった。


「本来なら、皆、反対しないと思うんだけどな。マーシャル牧師は除くけど」

「どういうことですか」

「例のアンダーソン一派だよ。ドイツのスパイとか言ってドイツ系の一家をいじめて楽しんでやがるんだ。ハーマンさんもドイツ系だからどうなるかわからないなあ」

「そんなに支持者が増えているんですか」

「いや、それがどうもわからないんだ。アンダーソンたちを支持しているのか、怖がっているのかよくわからない」


 アンダーソン一派は人を脅かして楽しんでるのか。

 ろくでもない連中だとアビーは思った。


「それでアビーはどうするんだ。森の中に住み続けるのか」

「とりあえず、私にとっては仕事場みたいなものなのでそうするつもりです。けど、ハーマンさんたちが村に戻ると家が離れてしまいますね」


 するとエイダが言った。


「離れると言っても、馬車で五分でしょ。いつでも来てよ。大歓迎するわ」

「住む家とか決まってるの」

「うん、村長さんが用意してくれたの」


 ウォルター・ハーマンが村長にお礼を言っている。


「とにかくスチュワート村長にはなにからなにまでご迷惑かけてすみません」

「いや、これも村長としての勤めだよ。まあ、用意した家はかなり狭くて古いけど、今住んでいる小屋よりは全然ましだと思うよ」


 アビーはハーマン家が離れてしまうことに少しさびしさを感じたが、あんな荒れ地の掘っ立て小屋に住むよりはましだろうと思った。


「じゃあ、私はこれで失礼するよ。アビー、気を落とさずにしっかり頑張ってくれよな」

「はい、ありがとうございます」


 スチュワート村長は帰って行った。

 ハーマン一家も帰ろうとしたが、思わずアビーは引き留めた。


「私の家のすぐ近くの木にブランコがあるんですよ。ジェフをそれに乗せてあげたいんですが」


 家のすぐ近くの大木にぶさがったブランコにジェフを乗せてやる。レイチェルが後ろからゆっくり押した。揺れるブランコに乗ったジェフが喜んでいる。


「ジェフ、楽しそうだな。アビー、ありがとう」


 ウォルターがアビーにお礼を言った。


 楽しそうにしているジェフを見ながら、アビーははっきりと思い出した。兄のビルが言っていたこと。『アビーは覚えていないだろうけど、ブランコにアビーを乗せて押してやったりしていたのを思い出すよ。アビーもお母さんも笑っていたよ』と。そう、あれは現実にあったことなんだ。母のアイリーンは微笑んでいた。自分もブランコに乗って楽しんでいた。アイリーンにとっては自分の娘でもない、もしかしたらウィリアムズ家とは縁もゆかりもない娘。それでも小さい頃はちゃんと育ててくれたんだ。


 その後、どんどんおかしくなってアビーとは喧嘩ばっかりしていたが、アイリーンなりに限界になるまでがんばって育ててくれたんだろう。しかし、アビーはアイリーンに一切感謝の言葉を言わなかった。感謝どころか、実際に言った言葉は『さっさと死んで地獄へ落ちちゃえ! そこで永久に苦しめばいいのよ!』だ。猫を殺されたとはいえ、ひどいこと言ってしまった。


 あの時、母は泣いて部屋に戻って行った。母は最後まで自分が殺めてしまった同級生のことで苦しんでいたのだろう。挙句の果てに猫まで蹴り殺してしまった自分に嫌気がさしたのかもしれない。『私の地獄行きはもう決まっているのよ』と母は叫んでいたが、知らなかったとは言え、本当にひどい言葉を母に投げつけてしまった。アビーはまた落ち込んでしまった。


 レイチェルに楽しそうにブランコを揺らしてもらっているジェフを見て、アビーは急に大粒の涙が両目からこぼれてきた。


「アビー、大丈夫」


 エイダが心配そうにアビーを見ている。


「うん、ハーマンさんたちは幸せそうだなと思って。私は一人になったから」


 ウォルターがアビーを励ますように言った。


「アビー、私たち一家がいるから孤独じゃないよ。これからも仲良くしていこう」

「ありがとうございます」


 アビーは両手で涙を拭いた。


 そんなアビーにレイチェルが聞いた。


「ねえ、アビー、この前採った山菜は残ってるの」

「ええ、まだだいぶ残ってます」

「じゃあ、アビーの家で昼食にしない」


 レイチェルが手際よく料理をする。実はキノコの方はどうやって料理すればいいのかわからなくてそのままにしていた。


 キノコのスープ。実際食べていると意外と美味しい。ハーマン一家と食事をしていて、アビーは楽しかったが、それと同時に一抹の寂しさも感じていた。ハーマン一家も村に引っ越すし、これからは一人で食事するのかと。ちょっとアビーがぼんやりとしていると、レイチェルが気になったのか聞いた。


「美味しくないの、アビー」

「いえ、美味しいです。すみません、ちょっと考え事してまして」


 ウォルターがアビーに問いかける。


「アビーにはなんか悩みがありそうだね」


 アビーは少し考えたが、誰かに聞いてもらいたくて言うことにした。


「祖父の手紙に書いてあって初めて知ったんですけど、私は母の本当の娘じゃなかったんですよ。もしかしたら、父の娘でもないかもしれない。私の本当の母は身持ちの悪い女性だったらしいんです。私はウィリアムズ家とは全然関係ない人間だったかもしれない。だから、お爺さんもビル兄さんも母もみんなよそよそしかったんですよ」


 しばらくウォルターが黙った後、アビーに語りかけた。


「けど、アビーをちゃんと育ててくれたんでしょう。初めて知ったってことは、アイリーンさんはそのことは言わなかった。エイベルさんも兄のビルさんも。やはりアビーのことを気にかけていたんじゃないのかな。それにアビーを孤児院に送ることも可能だったはず。そんなことをしなかったってことはアビーを家族の一員と思ってたんじゃないかな」


 レイチェルもアビーを励ますように言った。


「本当にアビーのことが嫌いなら、真っ先にそのことを言ったはずと思うわ。アイリーンさんもアビーのことは愛してくれたんじゃないかしら」


 母とはずっと喧嘩ばかりしていたような気がしていたが、子供の頃は愛してくれたのだろうか。もしかしたら、全くウィリアムズ家とは関係ない娘の事を。アビーはまたアイリーンに会いたくなった。全く不可能な話なのだが。


 エイダもアビーに気をつかうように言った。


「アビーはうちの一家の一員よ。ほんの少し離れて暮らすだけじゃない」

「ありがとう」


 ハーマンさんたちがいれば、自分も生きていけるかなあとアビーは思った。


 食事が終わり、ハーマン一家が帰ろうとする時、エイダが父のウォルターに言った。


「村に行って、あたしたちが住む予定の家を見てみたいの」


 ウォルターが少し顔を曇らせる。


「けど、大丈夫かなあ。まだ、追放処分の取り消しはされてないんだが」


 アビーが言った。


「私がエイダについていくから平気だと思います。それに子供なら大丈夫じゃないかなあ」

「じゃあ、また村長さんへキノコを持って行ったら」


 レイチェルの勧めでアビーとエイダは余ったキノコを持って、村長の家へ行くことにした。


 村まで歩いていくと、入口にはまたボブ・ケントとその仲間がいた。

 エイダを見て嫌な顔をした。


「お前、ハーマン一家のもんじゃねーか。村には入れないぞ。それにお前ドイツ人だろ」


 エイダを守って、アビーがボブに食ってかかった。


「うるさいわね、もうすぐ追放なんて終わりよ。戦争ももうすぐ終わるからあんたらもそんな銃でお遊びごっこするのはやめにしなさいよ」

「なんだと、この野郎」


 喧嘩になりそうになったところに、大柄な男がやって来た。自警団のオズワルド・ウィンターズだった。その後ろには部下が二人いる。


 ウィンターズがボブ・ケントに言った。


「お前ら、いつから自警団のメンバーになったんだよ。ニセモノにはお灸をすえなきゃいけないな」


 強面のウィンターズにボブ・ケントたちは弱腰になった。

 結局、何も言わずにこそこそと逃げ出した。


 それを見て、ウィンターズたちが笑った。


「しょうがねえやつらだなあ」

「ウィンターズさん、ありがとうございます」


 アビーがウィンターズたちにお礼を言ったが、エイダが暗い顔をしている。


「あたし、やっぱり帰ろうかしら。アビーにも迷惑かけるかもしれないし」

「別に村に入ってかまわないぞ、俺たちが守ってやるから」  


 ウィンターズの誘いで、アビーとエイダは一緒にスチュワート村長の家へ行った。

 アビーたちがまた持ってきたキノコを見て苦笑する村長。


「まあ、ありがたく頂戴しとくよ」


 ハーマン一家が引っ越す予定の家にスチュワート村長が案内してくれた。


 村はずれにある古くて狭い家。

 しかし、アビーにはなんとなく記憶にあった。


「スチュワート村長、この家、私、見覚えがあるんですが」

「実はアビーの一家が以前住んでいた家なんだよ。急に森に住んでいたエイベルさんのとこへ移ってしまったんで、そのままになっていた。不動産権利関係は村に売却したようだ。だいぶ傷んでいたので少し修復したけどな」


 それを聞いたエイダが喜んでいる。


「そうなんだ! やっぱりアビーはうちの一家の一員ね」


 狭い家の中にアビーは入った。自分の頭の記憶の中を探る。確かに住んでいた記憶がある。ただ、自分が成長したからか全てが小さく見えた。懐かしがっていると、アビーは突然思い出した。


 狭い部屋で転んでしまったアビーを母アイリーンが抱き上げてくれた。アビーが泣かないようにあやしてくれた。その顔は確かに微笑んでいた。アビーの想像ではなく確かに笑っていた。自分の娘でもない子供。それでも可愛がってくれていたのだ。


『さっさと死んで地獄へ落ちちゃえ! そこで永久に苦しめばいいのよ!』


 再び思い出してしまう。ひどいことアイリーンに言ってしまった。なんとか取り消したいが当然無理な話だ。何度も考えてしまう。死ぬ前に一言でもいいから謝りたかった。そして、感謝の言葉を伝えればよかったと再びアビーは思った。


 アビーの目に涙が光る。泣きそうになって、思わず手で拭いた。エイダが心配そうにアビーに声をかけた。


「どうしたの、アビー」

「ごめんなさい、ちょっとこの家に住んでいた頃を思い出して懐かしくなってね」


 アビーは村で花を買って帰った。エイダと別れ一人自宅へ戻る。森の中の小屋のすぐ近くに埋めてあるアイリーン、エイベルの墓に花を添えた。そして、アイリーン、エイベルの魂が天国へ行くよう祈った。しかし、二人とも人を殺したんだよなあとアビーは思い出した。地獄へ落ちてしまうのか。アイリーンの墓の隣の小さい墓を見る。猫のマックスの墓だ。猫にも魂はあるのだろうか。マックスは天国へ行ったのだろうか。人間のいる天国なんて動物たちは行きたくないかもしれない。天国とか地獄とかあるのだろうかとアビーはまた考えた。しかし、そんなことは死んでみないとわからない。


 アビーは祈るのをやめて、ただエイベルたちの墓の前でぼんやりとたたずんだ。

 背後に祖父のエイベル、母のアイリーン、兄のビルが立っているように感じた。


 天国にも地獄にも行かなければどうなるのだろう。

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