【短編】ヤンデレの妹なんてどう考えても受け入れられるワケがない
「おにい、来ちゃった」
「うわ出た!」
とある休日。
夜の仕事の疲れにグッタリとして、ボーッと酒を飲みながら駅へせっせと向かう学生とサラリーマンを眺めていると、突如としてガチャリと間違いなく鍵をかけていた玄関のドアが開かれた。
「出るよぉ……」
「暗いよ、怖いよ、前髪を切れよ、ブラを着けろよ、くっついてくるなよ、寝かせろよ」
「おにい、何一つ聞いてあげられなくてごめんね?」
「マジで死んでくれないかな」
現れたのは、実の妹のヤミコだった。実の、妹。つまり、完全に血が繋がっている、俺と同じように俺を産んだ男と女の、顔と性格をハーフ・アンド・ハーフで掛け合わせた、ほとんど俺みたいなのに少し遅れて生まれてきた性別の違う他人の事だ。
因みに、ヤミコだなんてふざけ倒した名前は当然俺が勝手に付けたあだ名であり、本当の名前は薬足麻美子。理由は、同じような顔をした俺を理由もなく病的に愛しており、いつまで経っても兄離れをしない狂った性格をしているからだ。
長ったらしくて目を隠す前髪、食べやしなくて細い体、それなのにやたらと成長した胸を持ち、精神は小学四年生辺りで止まっている為ブラを着けることを知らない、そんな女子高生。
ヤミコが、アスペルガーか発達障害ならばどれだけよかっただろうとずっと思っている。そうであれば、俺は彼女がどれだけ不器用に生きたとしても、必ず麻美子として愛し守り続けたのに。
ヤミコは、健常だ。それが非常に許せない。気色悪くて、仕方ないのだ。
「それでは、本日も歌います。『おにいが大好きの歌』」
口にしていたキャンディを俺の口に無理やり突っ込むと、ヤミコは大きく息を吸い込んだ。また、今日も律儀に始まるらしい。
俺は、畏怖を込めてそのキャンディをゴミ箱の中へ吐き出した。
「おにいが大好き〜、おにいが大好き〜。おにいが大好き〜、おにいが大好き〜。寝ている間にキスしたよ〜、おにいが大好〜き〜」
「うわキモ。つーか、毎朝毎朝往年の名作ゲームのBGMに乗せて気色の悪い歌詞をアイドル歌手の如く朗らかに歌い上げるな。マザーのポリアンナなんて、なんでお前が知ってるんだよ。俺の思い出を汚すなよ」
「おにいの事は、過去も未来も総て把握してるから」
「変態過ぎる」
朝っぱらから、俺の思い出の魔法と好きだったクラスメイトの名前を付けたヒロインが、気色の悪い歌詞とヤミコの顔に変わっていく。その事実が、本気で辛かった。
「二番も歌ってほしい?」
「勝手に1000番まで歌ってろよ、そこで壁に向かって一生だ。俺はその間にまた引っ越して、誰にも絶対に行き先を伝えないから」
「歌い終わったら遊びに行くね?」
「俺の話聞いてた? やだ、本当に怖い」
実際、本気で恐怖してる。どういうワケか、ヤミコにはお世辞にもキレイな言葉とは表現出来ない俺の罵詈雑言が一切通用しないし、それどころか喜んでいる節すらあるのだから。
何度住む家を変えても、こいつは絶対に見つけ出して遊びに来る。一体、どれだけの執念と執着を持って俺を探し当てているのだろう。そこのところだけは、実はちょっと興味がある。
「怖いのなら嬉しいよ、ストックホルム症候群っていうのがあってね?」
「その場合、俺と結ばれるのは俺と同じくお前に対して恐怖を抱いている女だぞ。連れてきてくれよ、どこかからそのヒロインを」
「大丈夫、私とおにいが結ばれるよ。だって、私は自分のこの恋心が怖いんだもん。どれだけ幸せになっても全然終わりがなくて、今日の私より明日の私の方がおにいを好きになってるから。これが、ヤミコ・レクイエムなんだよ」
「どうしてこの爽やかな日の俺の清々しい心に、まるでドブから攫ってきたかのようなゲボ塗れでドロッドロの濁りきった愛情をぶっ掛けられなきゃいけないんだよ。『大丈夫』の使い方も間違ってるしよ」
「だって、大きくなったらおにいと結婚するって約束してるし。私は、それを果たそうとしてるだけだよ」
そんな昔の話を、どうして心に決めているのか、俺にはそれが本気で分からない。分からないから、引き合いに出されるとどうしても困ってしまう。『兄妹だから』とか、『ガキの頃の戯言』とか、そんな言い訳は既に使って論破されているし。
「ほら、誓約書。二人のサインと拇印も押してある」
この、何の効果もないハズの一枚の紙っペらのせいで。
「いやはや、昔っからこの用意の周到さだけは認めてるよ。お前、7歳の時点でどうしてこんな知識を持ってたんだよ。俺は、マジでコウノトリさんがガキを連れてくるモンだと思ってたんたぜ?」
「あの時点で絶対に結婚すると思ってたから、ちゃんと調べてた」
「マセガキめ、つーか無理だけどな」
「無理じゃないよぉ……」
引っ付いてきたから、突き放して酔い醒ましの水を一気に飲んだ。ヤミコの顔面にぶっ掛けようとも思ったのだが、泣かれると俺が悪い気がしてくるのでそうはできない。
いや、暴力はいけないけどさ。でも、言ってわからないんだから他に黙らせる方法なんてないだろう。仕方なくないか?
「でもね? 私はおにいが私以外の女と話しているところを見たことがないよ? 今のところ、新しい職場でも出会いはないでしょ?」
「それはお前が記憶から抹消してるだけだし、間接的に殺人犯になるからしないんだよ。お前の尻拭いに警察へ行った時の屈辱がお前にわかるか?」
「おにいは、私の処女だって奪ったんだよ?」
「お前が飯に一服盛って勝手に処女膜突き破っただけだろ。あれがセックスだなんて、俺は絶対に認めない。睡眠レイプなんて、実質ノーカウントだ」
「婚約指輪だって、貰ってるんだよ?」
「10年も前の婚約なんて時効だ。つーか、アルミ缶のプルタブなんていつまで持ってんだよ。早く捨てろ」
「やだよぉ……」
――違和感。
気がつくと、どういうワケか身体の自由が効かなかった。そこまで酔っ払っているワケではない。だから理由を探って、すぐにさっきのキャンディが関係していると直感した。
「お前、またやりやがったな」
「ちゃんと、アナフィラキシーショックが発症してくれたんだね。おにいは、ハッカアレルギーで少しでも接種すると身体が全く動かなくなるからね。しょうがないね」
毎度毎度、エロ漫画の人妻くらいチョロい俺の警戒心も如何なモノかと思いはするものの、それ以上にヤミコの策が電光石火で鮮や過ぎる。こいつ、俺を嵌める為の頭脳と体の使い方がハンパじゃなく上手い。
「クタバレ、キチガイ」
「別にそれでもいいけど、私がクタバッた後におにいが誰かと付き合ったらって思うと怖くて死ねないんだよ」
言いながら、ヤミコはシャツを脱ぐと俺のシャツの中に入ってきた。そのまま、布団の上に倒れて意識が薄れてくる。
「ちょっと、マジでヤバいから救急車呼んでくれ。俺、このままだと死ぬんだけど。本当の意味で心臓が止まってしまう」
「大丈夫。最初からお酒を飲んでるから中和が始まってるし、アドレナリンも打ってあげるからすぐに良くなるよ」
「ファンタジー世界のポーションと勘違いしてないか? 俺の命はHP制じゃねぇんだぞ?」
「してないよ。ちゃんと、おにいの命に別状の無いギリギリのラインを攻めてる」
ハッカは、エタノールによって中和される。どうやら、こいつは俺が酒を飲んでるのを見て死なない事を確認してキャンディを舐めさせたようだ。
恐ろしい。頭脳派のサイコパスほど厄介な人間は、この世界にそうないだろう。
「汗の匂いがする、お風呂に入ってないでしょ」
「寝る前に入ろうと思ってたんだよ、今日の昼は仕事がないから。うぇ、胃の中がすっげぇスースーしてきた」
「感覚が全然わかんない」
「そりゃ分かんないだろうよ、たった一滴で死ぬかもしれない毒を平気で飲み干せるお前には」
「だから、私が永遠に守ってあげようとしてるんじゃん」
「マッチポンプって知ってるか?」
呟くと、ヤミコは俺の首に手を回して注射器をぶっ刺した。多分、俺が白目を剥いたのを見て頃合いだと思ったのだろう。
「気持ちいい? チンチン勃ってるよ?」
「静脈にアドレナリン打ち込まれて生のおっぱい押し付けられれば、例え相手が気の狂った妹でも反応するんだよ。というか、他にも何か盛りやがったな」
「気を失いかけた時に、口からちょっとだけ」
確かに、ストックホルム症候群だ。まともだと思っていた俺の感覚も、こうなると本気でヤミコが好きなんじゃないかと勘違いしそうになる。確か、あれって犯人の事を好きになるパターンもあったんだっけか。
ヤバい、やられる。
「離せ。いや、離してください。本当に」
「離さないよぉ……」
「わかった、俺が悪かった。もう悪口言わないから。本当、マジでギブアップ」
「えっちしようよぉ……」
「あの、麻美子さん。マジで許してくださいよ。ちょ、許せってオイ!」
「しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき」
ホラーだ。こいつは、ホッケーマスクを被ったペンションの怪人や、再生したビデオから感染する即死ウィルスと何ら変わらない、俺を襲う最低最悪のホラー。
顔を舐められている間も、俺はとうとうぶん殴って離れようとしたが、しかし力の抜けた俺のパワーでは張り詰めたシャツが破けてくれない。その間にも、首筋へナメクジのように吸い付くヤミコの唇が、上下してリビドーを刺激してくる。
それが、異常な快感に思えて、心の底から怖かった。
「もう、俺は助からないのか?」
「うん」
「絶対に、犯されるのか?」
「うん」
「終わってる、マジで」
「おにいは何も悪くないよぉ……」
果たして、本当にそうなのだろうか。俺は、股間を弄られながら朦朧とする意識を何とか保って、一体どうして妹がこうなってしまったのかを考えていた。
よくある話、レイプされる被害者は、脳みそが生命の危機より感じるストレスから逃避する為に、限りなく現実に近い妄想を繰り広げるという。きっと、今の俺の精神状態はそれに近いのだろう。
「挿れるよぉ……」
小さい頃、麻美子が川で溺れたのを助けたことがあったが、その時には既に誓約書を書いていたっけか。
じゃあ、あれか。友達が出来ないからって、お人形遊びに興じてしまったことか。母親と父親の人形の首を千切る麻美子を慰めて、ただ運が悪かっただけって伝えたことか?
「気持ちいいよぉ……」
それとも、もっと前か?
俺たちが、あの安アパートに取り残されて、ずっと二人で生活してたからか?麻美子が熱を出して、ボコられながらも解熱剤を万引きしてやったからか?毎晩、俺の分の飯をくれてやってたのがバレてたのか?施設に引き取られて、上級生に虐められたのを助けてやったからか?勉強をさせるために、色々と道具を揃えてやったからか?
わからない。どれもこれも、俺は兄として当たり前の事をしたまでだ。全部、弱い俺が悪かった。だから、俺と同じ思いをさせないように、麻美子だけは幸せにしてやりたいって。それを原動力にして、必死こいてクソ働いただけだ。
「その程度で、気ぃ狂うほど好きになってんじゃねぇよ」
ヘコヘコと腰を振って、何度も絶頂して、ヨダレを垂らしながら泣くヤミコの顔を見て、俺はその体をようやく離した。ビクビクと震えた細い体は、俺のパワーが戻った今となっては情けないくらい弱々しい。
毎回、どうしてこんな弱い奴に、俺が負けなきゃいけないんだ。
「しゅきだよぉ……」
「俺は嫌いだ、クソったれ」
伸び切ったシャツを引き裂いて、俺はヤミコを敷いた布団の上に放り投げた。それから、シャワーを浴びて新しいシャツを着て、ハッカを中和するようにショットのウィスキーを飲み干す。
「引っ越すからな、金は施設に送るからもう捜すな」
「いやだよぉ……」
「バカ、そんなんじゃ幸せになれねぇぞ」
「もう幸せだからいいよぉ……」
こうして、俺は何度もヤンデレの妹に犯されている。文字通り脳みその量が足りない頭では、産みの親でも捨てるような障害塗れの体では、ヤミコの策略を交わすことが出来ないでいる。
だから、俺は眠ってしまった麻美子の頬を撫でると、いつかこいつが本当に幸せになれる日が来ればいいと、唯一俺の体の中で形を保っている心でそう思った。
もうすぐ死ぬ俺の為に、誰かこいつを救ってやってくれ。
これは、どうなんだろう。書いておいてなんだけど、読まれても責任の取れない話な気がする。面白くはない。