第15話 見覚えのある木
霧は歩みを重ねるたびに、何重にも張り巡らせるように私達の視界を白く曇らせていった。
ここまでくると私の目に見える景色は2メートル先くらいが限界だろう。
先が見えない不安から、視界の外から得体の知れない怪物が出てくるんじゃないかと、悪い方にばかり想像が働いてしまう。
そんな時はお母さんと握った手に力をこめ、その恐怖をそっとそちらに逃した。
お母さんがすぐ側で私を守ってくれている……いやお母さんだけじゃない、私にはリップがついてくれてるんだ。
霧の中からどんな怖い怪物が出てこようと、竜であるリップに敵うはずがないんだ。
そう思うと途端に気持ちは軽くなり、私の心をむしばんでいた恐怖心はそっと私の元から離れていった。
気持ちを引き締め、お母さんに寄り添いながらも、着実に一歩ずつ山を登って行く私達だったが、いつまでもその霧の中から抜け出すことはできずにいた。
ただこれ以上霧が濃くならなかったことは私達にとっては唯一もの救いであったに違いない。
そんな限定された視界の中で、私はあることに気が付いた。
今まさに私の隣にたたずむ大きな木を通り過ぎる所だ。その大木は、壁のように反り立つ左側の斜面に、しがみつくかのように幹を反り曲げ、天に向かって立派に幹を伸ばしている。
そんな木を見掛ける事は山に行けば特段不思議な光景ではない。
けれどそんな木は決まって性格がよく出る特徴的な見た目をしている。同じような木を探しだせと言われても中々難しいものだ。
所が今この木を見たときに、私が感じた感情は、変な違和感どうもその木に既視感があるのだ。注目して見てた訳じゃないので断定することは出来ないが、感覚的にこの木を見たのは一度や二度じゃないような気がした。
「お母さん、なんだかずっと同じ道をぐるぐる回ってる気がする」
「エルヤったら何言ってーー」
お母さんは私の言ったことがにわかには信じられないようだった。
私だってそんな事が現実で起きてるだなんて考えたくないけど、こんな霧が発生してる時点で、既に常軌を逸してる。
この不可思議な世界では、もう先入観にとらわれてはいけない気がした。
私はお母さんの手を離し、その木へと近付いていった。
その木の足元には小ぶりな掌に収まる程の小石がごろごろと転がっており、私はその1つを拾い上げると、石の角で幹に大きな横線の傷をつけた。
これですぐに答えがはっきりするはず。
「エルヤ何してるの?早くいらっしゃい」
霧に阻まれ、お母さんには私が何をしていたのかまったく見えていなかった。
「お母さん今行く」
お母さん元へ戻り、手を繋ぎまた先へと進みはじめた。
私はお母さんに何をしていたか言わなかった。まぁ聞かれれば答えたろうけど、実際に証拠を突き付けた上で言った方が話が早いだろうと子供ながらにそう思ったのだ。
そして私の思った通り、5分もしない間に、またもや反り返った立派な大木が姿を現したのだ。
私は『やっぱりそうだ』と思いその木に駆け寄っていった。
「エルヤ待ちなさい」
お母さんは私がひとりでに走り出したので何事かと思って、必死に声を上げた。
しかし目的地が近かったこともあり、私は大木にたどり着くまで足を止めることはなかった。
霧をかいくぐり幹を間近で見つめると、幹にはくっきりとさっきつけた傷が残っていた。
「エルヤどうしたのよ」
お母さんが走って私の元でやってきた。幹の傷を見つめる私にお母さんが声をかける。
「酷い傷ね、誰がこんな酷いことを」
「え?」
私はお母さんの顔を見合わせ、やったのが自分だっただけに驚きの声が漏れてしまった。
そんな腑抜けた私の顔をみて、お母さんは私がやったことに気付き声をあげた。
「エルヤあなたがやったのね?」
「ちょっと待ってよ。考えがあってのことなの。この木、さっき何度もみてる、この傷だって5分前にもつけたものだもん」
「それじゃー私達ここに閉じ込められちゃったってこと?」
「まだ分からないけどもしかすると」
「それじゃー、一旦元来た道を戻ってみましょう」
私は頷き、お母さんと共に道を引き返すことにした。




