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【日常風景】

作者: 神崎慧


「おっはよー」

 元気な声が朝の教室に響く。

 入り口を見ると、いつものように満面の笑みで片手を軽く掲げている茅ヶ崎真澄ちがさき・ますみの姿があった。

「……相変わらず朝っぱらから無駄に元気だな、お前は……」

「え〜、そんなことないよ〜」

 うんざりした顔を向けたら嬉しそうな微笑みが返ってきた。

 擬音で言うなら、にま〜、ってかんじだろうか……?

 茅ヶ崎は今にもスキップを踏むんじゃないかと思うようなほど楽しげにオレの席に近づいてくる。

「つーか、毎回思うんだが、この時間の教室はオレとお前しか居ないんだからそんな元気いっぱいに挨拶しなくてもいいんじゃないのか?」

「ちっちっち。そんなんだからいつまで経っても助手のままなのだよ、ワトシン君」

「誰だよ、ワトシン君って……。それを言うならワトソン君だろ。つーか助手じゃねーし」

「ふむ。バカの部分は否定しない、と」

 アゴに手を当てて考えるような仕草をする。

 まぁ、実際に何かを考えている奴がいても、そんな仕草をする奴なんてほとんどいないと思うけど。

「さっきの会話のどこにそんな単語があったんだよ? つーかお前の方が成績悪いし」

嵯峨野さがの君、さっきから“つーか”って言葉を使いすぎ。減点3」

 いや、減点って言われても……。

 しかもオレのセリフ無視かよ……。

「ちなみに減点が5を超えると、そのたびに嵯峨野君の悪い噂が一つずつ流れる仕組みとなっております」

「噂? そんなもんでどうするっつーんだよ?」

「やれやれ……。分かってないなー。ぜんぜん分かってない。噂は怖いんだよ? たとえば、私が制服をこんな感じにして泣いてたらどうなると思う?」

 そう言いながら、しっかりと結んであったネクタイをほどいて、制服を適当に乱す。

 それから床にぺたんと座り込んで、顔を手で覆った。

 肩を少し震わせているあたり、演技過剰だった。

「……いや、それは間違いなく噂では済まされないから。つーか、そんなことされたらマジで退学にさせられかねないから……」

 その図は明らかに無理矢理襲われました、みたいな感じで、誰かに見られたら、きっと間違いなく加害者扱いだろう。

 刑務所入りだってありえてしまうから恐ろしい。

「あぁ〜っ!! 真澄、大丈夫っ!?」

 一人の女子が大声を上げながら茅ヶ崎に駆け寄ってきた。

 ……つーか、この状況は色々とやばくないか?

 しかもよりにもよってコイツ……小鳥遊彩音たかなし・あやねに見つかったという、この状況は……。

嵯峨野冬夜とうやっ!! テメー、ついに真澄に手を出しやがったなっ!?」

 ほら見ろ。やっぱり誤解された。

「ちょっと待て。つーか、話を聞け。お前の誤解だって。な? そうだろ、茅ヶ崎?」

 茅ヶ崎に話を振りながら顔を向けると、一瞬だけ嫌らしい笑みを浮かべた。

 擬音で言うなら、にや〜、という感じの、いっそすがすがしいほどに心臓に悪い笑顔だった。

「……っく。彩音ちゃん……怖かったよぉ〜……」

 泣き声でそう言ってガバッと抱きつく。

「…………っ」

 小鳥遊は唇を噛みしめながらただ黙ってオレのことを睨みつけてくる。

 重い沈黙。

「……お前ら、今日も朝っぱらからコントかよ。いつも元気いっぱいだな……」

 沈黙を破って唐突に響いた入り口からの声に顔を向けると、疲れたような顔をしたクラスメート……神楽坂貴詩かぐらざか・たかしがいた。

「え? あっ、神楽坂君だ〜。おはよ〜」

 それに気付いた茅ヶ崎が小鳥遊の胸からパッと顔を上げて笑顔で挨拶する。

「今日はいつもより早かったな。何かあったか?」

「別に何もねーよ。しっかし、毎回毎回思うけど、よくネタが尽きねーな……」

「まぁな。そろそろみんなが登校してくる時間か……」

「それじゃ、彩音ちゃん。最後の仕上げをどうぞっ」

「うん。そうだね」

 茅ヶ崎の言葉に頷いてから、すうっと目を細める。

 ん? 待てよ?

 ふと気付いてしまう。

 茅ヶ崎は最後の仕上げ、と言っていた。

 さっきの寸劇の最後って、つまり……。

 ──バシッ。

 そこまで考えたとき、左頬を鋭い痛みが襲った。

 思わず顔を歪めながら左頬に手を当てて、小鳥遊を見る。

 小鳥遊は右手を振り切った状態のまま目を潤ませて、口を開いた。

「このぉっ……女の敵がぁっ!!」

「はい、オッケー」

 茅ヶ崎はそれを見て心底嬉しそうに笑うと、左手の人差し指と親指で丸を作った。

「あ〜、痛かった……」

 オレの頬を攻撃した手をプラプラさせながらそんなことを呟く小鳥遊。つーか、ちょっと待てやっ。

「オレの方が痛かったっつーの。マジでビンタしやがって……」

「それはほら、オチをつけるために重要だったわけで……」

 苦笑しながらそんなことを言う小鳥遊。

 オチをつけるために、って、漫才じゃねーんだから……。

「はぁ……」

 それ以上は考えるのを止めて、ため息を吐く。

 どうせ何か言ったところで無駄でしかないだろう。

「オレってホント、イヤな役回り……」

 誤解されて、そのまま女の敵として排除されるとは……。

 せめて誤解じゃなければ救いはあっただろうに……。

 そんなことを考えて苦笑する。

「ん? 嵯峨野君、何か言った?」

「……いや、なんでもねーよ」

 茅ヶ崎にそう答えたとき、ちょうど教室に人が集まり出す。

 まぁ、こんな日常も悪くない、か……。

 今日もこうして、騒がしい一日が幕を開ける……。




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― 新着の感想 ―
[一言] 私としては、もう少し句読点を置いてもらえれば、読みやすかったように思います。ストーリーは、魅せられるものがありました。ありがとうございます。
2009/08/04 21:39 退会済み
管理
[一言] 作品読ませて頂きました。 素直に面白いですね。実は僕も学校ではいつもこんな役回りです。なので気持ちがすごい分かりました。 惜しかった点が、「……」が多い事でしょうかね。見た目でちょっと気にな…
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