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幻のサイレン

作者: 相沢 洋孝

ガッツリドッシリ重い戦争物です。

むさ苦しいです。それでもいいという人はどうぞ。


 1945年8月某日。

 「マトモな航空機はないのか。ゼロ戦はおろか、高等練習機の赤とんぼですら、特攻に使われて存在しない。このままでは本土は沖縄のように落とされるぞ。学徒の皆は特攻で散っているというのに」

 海軍大尉、岡部信二、31歳。本来ならば空母艦載機にて海軍航空隊として戦っていたが、数少ない実戦経験者の教官役として学徒動員された学生たちに短期促成の教育を施して見送ることを悔やんでいた。

 

 「そうはいっても、お前さん、機体部品すら製造できないのだぞ。わかっているのか?今は小学生が機銃弾を研磨する時期だ。飛べる機体はもうないぞ。無理やり飛べるようにした欠陥機ならあるがな」

 

 岡部を説得するのは古川哲夫、50歳。如何にも職人らしく、工具を持ちながら答えるこちらは陸軍航空隊側の整備士で同じく特攻のために整備士の意地で整備を行っている航空機メーカー側の出向者だったりする。


 「すでに東京、大阪といった大都市圏は絨毯爆撃で壊滅。広島と長崎は新型爆弾で吹っ飛んだ。兵器工廠どころかメーカーの下請けすらまともに動いているかどうか」


 自分たちが整備した数少ない戦闘機、それは職人の意地として直したいのにぶつけて壊してしまうという体当たり攻撃のために使っている。整備士としては非常に悔しく、それでも残り少ない機体を飛ばせるようにするという仕事を繰り返している古川にとっては非常に苦々しい思いのすることだった。


 「もし・・・機体があるというなら飛ぶ気あるかね?」


 そんな二人の苦渋に満ちた話を聞いただろう壮年の男性が声をかけてきた。


 「大佐、あるのですか!」


 声を掛けられ、思わず身を乗り出す岡部。その言葉に大佐と言われた犬養は今井の図面を見せた。


 「独逸より技術研究用に陸軍がJu87Aスツーカと呼ばれる急降下攻撃機を戦前に購入していた。で、海軍でもこれをベースにしながらも独逸の方から入手した技術を急降下爆撃機兼雷撃機として独自の試作機が開発されていたんだが、ドイツでは艦載機としては使えないと計画は破棄された。だが、わが国では独自に改修を加えた独自モデルを開発している、まあ、ゼロ戦を水上機にしちまうぐらいだからな。だが、問題は急降下爆撃機だったことから命中率はいいんだが、基本設計が陸軍寄りの戦術だから、零戦の改良にしては重たすぎる。対空砲火を潜り抜けるのは難しいし、かといって急降下爆撃するにも火力が乏しい。結局、開発計画はこの試作機1型しか作れなかった」


 岡部は図面を見ながら、設計的な部分を苦笑しながら見ていた。


 「急降下用に設計されているからダイブブレーキ?って、これ、対艦爆撃したら対空砲火で翼を持っていかれますよ。対戦車戦とかには使えそうですけど」


 「だが、それを逆に応用してソビエトはスツーカ殺しの戦法を生み出した。戦車に上向きにロケット弾を装備してダイブブレーキ聞かせて急降下してくるサイレンに合わせて一斉発射。もうかなりのスツーカが落とされているようだ。開戦当初は結構優秀でダイブブレーキ展開時の独特の風切り音がサイレンみたいに聞こえるから死のサイレンってな。まあ、対処されれば無力だ。そんな機体だが乗るか?」


 岡部の疑問に犬養は正直に答える。恐らく、急降下爆撃をすれば落とされるのは必須。対空攻撃に脆い。それでも飛べるというのなら飛んでみたいという物だった。


 「武装は対艦対地用の試作爆弾。同じくドイツで使われていた急降下爆撃用の奴で研究用にサンプルを用意してもらった。使うことなく終わる予定だったが、どうせだ。潰して来い。燃料は満タンにしておく。それしか、餞別にくれてやれるものはないからな」


 そうつぶやくと、焼酎を持ってきて、机の上に盃を置き、静かに注いでいく。


 「明日の朝、この基地の残りすべての飛べる機体で艦隊に特攻を仕掛ける。それに便乗することになる。どうせ、鉄くずに変えちまう試作機だ。持っていけ」


 「感謝します。これで報われる。先に逝った若者たちの元へ。出来れば靖国で会いましょう」


 全員で静かに盃を飲み干していき、その夜は過ぎていく。


 


 翌日の朝。


 「全機回せーーー、総員、発進準備!」


 けたたましいレプシロエンジンの作動音が一気に唸る。整備兵が回したエンジンがバタバタと響き、早朝の基地を包み込む。


 「帽ふれー!」


 出撃していく岡部たちを整備員のみんなが見送っていく。激しい振動と共に基地から出撃していく機体が出撃したならば、犬養は命令を下した。


 「これより封緘命令を発動する。試作機を含む、すべての設計図、技術情報を記録したものは個人のメモを含め、すべて焼却せよ・・・・。恐らく数日中に米軍に降伏することになるだろう。せめてもの抵抗だ。情報の断片も渡してやらん!」


 出撃したみんなを見送った約一時間後、基地は謎の火災を起こし、すべては灰になったという。

 なお、犬養をはじめとする数名は生死不明となった。


 

 一方、航空隊は目標の艦隊がいるという海上を目指していた。雲を隠れ蓑に進んでいると切れ間から艦隊が見えた。

 

 「いたぞ、空母、巡洋艦、駆逐艦、幸運だ。警戒機もいないようだ。突っ込むぞ!」


 若い学徒兵の乗る数少ない練習機、赤とんぼ。まだ経験はある操縦手は数少ない不良品の艦上攻撃機や艦上戦闘機に乗り込み、たった一度のチャンスにかけて突っ込んでいくために操縦桿を握る。

 その体当たりが国を守ると信じて。


 岡部の乗る試作機は一気に急上昇し、目立つのを覚悟の上で空母の上空に差し掛かる。そして一気に急降下を行い、ダイブブレーキを開く。


 ファアアアアア!と、まるで金切り声のように響くダイブブレーキを過ぎる風の音。

 空母以外の奴らから対空機銃弾が撃ちあがり、弾道を見極める曳光弾の流れが綺麗に伸びていく。


 「花火の歓迎だぜ!喰らえ!」


 持ってきた爆弾を空母の甲板目掛けて落とす岡部、それが落ちていくところを見た時が岡部の見た最後の物だった。

 爆弾は甲板に打撃を与える時には岡部の乗っていた試作機は空母を逸れて海面に激突する。

 他の特攻隊の機体の戦果もあまり芳しくなく、ほとんどが体当たりをする前に打ち落とされていた。


 日本軍の特攻機がサイレンを奏でた。それはある意味サイレンの語源というギリシャ神話のセイレーンの嘆きのように海に響き、消えていった。

 まるで幻のような出来事で記録には特攻に関する記録だけが残され、すべては幻となってしまった。


 岡部を初めとするこの特攻隊は帰還しなかったことから戦闘後行方不明と扱われ、事実上死亡したと判断された。


 戦後、この特攻の被害を受けた元アメリカ兵はこう言っていた。


 セイレーンが日本にもいたと。

はい、お読みいただきありがとうございます。

幻、ということで幻の機体ということで久しぶりに艦これしていたら艦上爆撃機型の「Ju87C改」と対潜哨戒機型の「Ju87C改二(KMX搭載機)」というIF機体が登場したので採用してみました。


史実では陸軍機ということで陸軍が研究機として購入したそうですが、採用せず封印ということでした。


その技術を使った機体がもしあったら?という話ですね。


そして話の中でも出ていますが、サイレンの語源はセイレーンという説もあり、船乗りを海に引きこんでいたセイレーンの伝説は特攻機に似合いそうなイメージでしたので書いてみました・


今回の企画を考えてくれた家紋さんに感謝します

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― 新着の感想 ―
[良い点] >セイレーンが日本にもいたと。 最後のこの一文がとても印象的でした。敗戦が濃厚なななかそれでも散っていった若者達はとても悲しいです。古処誠二先生の小説をずっと最近読んでいたので戦争の悲惨…
[良い点] 今の豊かで平和な暮らしがあるのも、この大地を踏みしめられるのも、1945で散って下さったかたがたのおかげです。それを思い出させて下さいました。ありがとう。ありがとう。
[良い点] 整備士の古川さんの嘆きが、特に心に沁みました。 せっかく整備した戦闘機が、特攻によって破壊されてしまう… 神風特攻を採用した軍上層部への強い憤りと、散っていったパイロットと戦闘機達への哀惜…
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