出会いは変容と共に訪れる。
「おいルーク、お客さん応対して、あぁ会計も!待たせてんじゃねーぞノロマ?ぁ毎度!また頼むよ!」
「ちょっと!いくら謗られようが、体ひとつじゃそんなたくさん無理だって!!」
町外れ、民衆が賑わう小さな酒場で、一際目立つ怒号が飛び交う。声の主はシワの寄った、しかし眼光鋭い老女と、幼げの残る少年だった。
「くそ、神誕祭で客足が増えたからって調子乗りやがる、あのババア……、ー神降」
密やかに、まして酒場の喧騒の中では誰にも聞こえない声量で彼は呟いた。
***
ーサティ・フラムは有名な建築会社パステルの社員である。新任の彼はすでに社内の有望株で、出張を共にした上司F、ー勿論これはヒトに興味が無い彼なりの、6番目に認識した上司という意味の記号に過ぎないのだが、そんな上司と彼は飲みに来ていた。来させられたと言うべきか。
「うぃ、うぇ……ほい、らからなぁ、かみさまってのはほんとにいるんだよ」
「そうっすね」
Fはやけに神への信仰心が強かった。やれ食事の前には神への祈り、善行も悪行も神は御覧になっているだのと、面白みもないこの話もすでに5回目であるから、投げやりな返事になるのを抑えるのも無理というものだろう。しかし、
「ほい、へんじにこころがないぞ!」
突然Fは激昴した。酒というものは人の心を重心の傾いた天秤にさせる。
「冗談きついですよ、僕はいつだって真剣にーおっと」
「おまえも……おまえもかみを、しゅをぐろうするんだ、じぶんのちからのみでじんせいをあゆんできたと、おまえもそういうんだな!?」
恰幅の良い強面の上司に、首から上を真っ赤にして、テーブルから身を乗り出しながら糾弾されて、周囲の目が集まる。
「冗談キツいって本当に……」
ーしかしサティの心は冷めきっていた。彼に当事者の意識は微塵も無い。もっと言えば、この世に生を受けた時から彼は自分の事を、命令を下せば動く他人と思ったことしか無い。精神の浮遊とでも言おうか、人間特有の卑しさ、保身、恐怖、猜疑心、いずれも知らない感情だった。ただ道理に従って生きているだけ。まして他人に興味などない。だから、
「お客さん、それ以上怒ると神様がアンタの血管をぶち切って、天国へ招待しちゃうぜ?」
背後から不意に現れたウェイトレスが、Fの首筋をそっと撫でた瞬間、それを捉えたサティは自分の全身が総毛立つような感覚を覚えた。それは初めて身体が感情を抱いた瞬間。身体から精神に熱い奔流が流れ込んでくる。ー何故?ふとFを見れば、赤かった顔は冷め、理性的な目に戻っている。戻っている?
今度は全身に雷が落ちたような衝撃だった。このウェイトレスの少年は今、何かをしたのだ。私が瞬きもせず事の全てを見ていたにも関わらず、その間に彼は何かをした。した事といえば首筋を労るように優しくさすったくらい。それだけで、たったそれだけの事でFは生気を取り戻した。ー道理から外れている。
「ー人間じゃないー」
この時サティは、初めて他人に興味を持った。凡庸そうな少年に、何かを見出した。それがまるで初恋のように、衝動的に彼を突き動かす感情だと知って、知りたいと、その気持ちを抑えられなかった。
「あの、君ー」
「ん?」
ー思えばこれが、運命の始まりだった。