9・犬耳と撫で術
「遅れてしまって、ほんっとうにごめんなさい!!」
今私の前では、一人の少女が土下座をしています。
それはもう、完璧で綺麗な土下座です。恐らく、このレベルの土下座が出来る日本人なんて、数人もいないでしょう。
そもそも、土下座なんか日常的にやりませんし、練習なんかもしませんから、綺麗に出来なくて当たり前なんですが。
こうなった経緯は、結構簡単です。
この少女、先程叫んでいたことから、多分女神様が言っていたチュートリアルを案内する役割の彼女の部下なのでしょう。
私を見て驚いた後に、いつからここにいる?と聞いてきたので、5分くらい?と答えたらこうなって謝りだしたので、そこはもう確定でしょう。
「別に気にしてませんから、顔を上げてくれませんかー?非常に居たたまれなくなるので」
「そ、それもそうだね。うん、分かった」
顔を上げ立ち上がったことにより、少女の顔やら何やらが良く見える様になりました。
年齢は十代前半ぐらいですかね?顔は非常に整っていますが、綺麗、というよりは可愛い、といった印象を受けます。
髪は光輝くブロンドのミディアムヘアで、夕日みたいな紅い瞳ともよく合っています。
そして、頭頂部には、ピコピコと動く三角――犬耳が二つ。
そう。何を隠そう、この子、獣人なんです!
可愛い女の子に、これまた可愛いの代名詞である犬耳が足される。
イコール、すっごい可愛いです!
元々小柄な体格に加えてそれがあるせいで、こう、わしわしと撫でたくなります。小動物的な感じで。
「どうしたの?僕の頭に何か付いてる?」
あ、ちょっと凝視し過ぎましたか。失礼でしたかね。
うーでも、やっぱり撫でたいです……。
「あの、頭撫でちゃ駄目ですか?」
「えっ、あ、頭!?」
「はい。駄目ですかね?」
「そ、それはちょっと恥ずかしいというか……でも、待たせちゃった訳だし……そ、それぐらいなら!」
あ、あれ?何か、弱みを盾に脅したみたいになっているんですけど……?
まあ、撫でれるなら問題無し!ですね。
「それでは失礼して……」
おお!ふわふわとしていて、柔らかくて、とっても触り心地いいです!
へえ。犬耳と髪の毛、両方とも同じような質感なんですねー。初めて知りました。
獣人と会ったのなんか初めてですから当然ですけど。
というか、彼女はNPCですし、こうなっているのはそうFPFの運営が設定したからであって、他のゲームとか作品ではどうだか分からないですけど。
「ふわぁ~……何これ~……?」
ふっふっふ。蕩けておるのー。
これぞ、逆境をバネに、長い年月を掛けて私が編み出した究極奥義、〈絶対なる懐柔愛撫〉!
とまあ、適当にノリでかっこよく、というか中二病風に言ってみましたが、要するに、私が考えた気持ちのいい撫で方というだけです。
母親が動物アレルギーだったせいで家で犬とか猫が飼えなくて、小さいころから動物好きだった私は、大いに不満でした。
その不満を解消するように友達の家で飼っている子や、散歩中の知らない家の子などを撫でたりして可愛がっていました。
そのうち、「どうすればもっと懐いてもらえるか」「どうすればもっと可愛い姿を見せてくれるか」と考えて、撫で方や触り方を工夫するようになりました。
それを長い年月続けていくうちに、いくら初対面や二、三回しか会ったことない子でも、撫でれさえすれば。即コロッと懐いてくれるぐらいにまで成長しています。
人によっては、その撫でるまでが時間掛かる、って場合もありますが、私にとってそれに関しては問題ないんですよね。
私は、何故か昔から動物に警戒されません。
絶対という訳ではありませんが、他の人に比べて、各段にされないんです。彩ちゃんからは、「お前はほわほわしていて、敵意とかまったく感じられないから、そのせいじゃね?」とか言われました。そうなんでしょうか?何にしても。この体質、動物好きとしてすっごい助かっています。
「あ~すごい~。気持ち良すぎるよ~」
そして犬耳ちゃん。現在絶賛その魔の手にかかってます。
安心しきった惚け顔見せてくれちゃって……可愛すぎだよー!
実を言うと、この撫で術、犬猫だけじゃなくて、人間にも使えます。
私の撫で術は、ある特定の決まった動作がある訳じゃなくて、最初に撫でた時の反応や触った感触に、今まで撫でた事例から似たものを思い出し、その時に一番喜んだ方法、嬉しそうだった方法で撫でる、という感じです。
なので、今までたくさん撫でたことのある種族だったら、多分何でもいけると思います。そのたくさん撫でた事がある種族は、犬猫と人、小鳥、小さめの爬虫類ぐらいで少ないですけれど。
それでは、触り心地も堪能しましたし、可愛い反応も見れたので、もうそろそろ止めましょうか。
「……あっ…………止めちゃうの……?」
うっ、そ、そんなウルウルとした上目遣いでこちらを見ないでください!もっとやりたくなちゃいますから!
でも、ダメです。
もうそろそろチュートリアルをしないと、プレイする時間が減ってしまいますし、彩ちゃんも待ちぼうけさせることになってしまうので……。
「そ、それもそうだね……。じゃあ、気を取り直してっと」
そう言うと犬耳ちゃんは、先程までのふにゃりとした雰囲気を正し、溌剌とした雰囲気に切り替えました。
「僕は、アスティア様の神使の一人。元神罰担当、現異界の旅人案内役のステラ。よろしく!」