5・準備と女神
例の荷物を開けてから数週間。
とうとう今日の正午から、FPFの正式サービスが始まります。
今日から夏休みが始まるのは、偶然でしょうか?それともワザと?
まあ、ゲームに集中できるのですから、特に文句はないんですけど。
今日までに、彩ちゃんに聞いたり、ネットを見たりして、FPFの世界観とか、種族や職業についてとか、色々な事を調べて、事前準備はしっかりしてきました。
あとはゲームを始めるだけです!
11:59:30、31、32……
時計に表示される時間が刻一刻と移り変わり、正午へと近づいてきます。
FPFのハードは、頭に被るタイプです。
というか、ほぼ全てのVRゲームのハードがそれらしいです。VRシステム自体が脳に電波を流してどうちゃらこうちゃら、みたいな技術らしく、脳に近い方が効率が良いとか。
ハードにFPFのソフトが入っているのを確認してから、頭に被ります。
11:59:50、51、52……
残り時間が十秒を切ったのを見てから、ベッドに横になって、目を閉じます。
VRの世界に入ると、体は脱力してしまうので、横になるか、背もたれ付きの椅子に座るのが推奨されているそうです。
11:59:58、59、12:00:00……ピピピ!ピピピ!
正午になり、設定していたアラームが部屋に鳴り響きます。
それと同時に、私は、ハードを起動し、FPFの世界へ入る為の言葉を呟きました。
「『ログイン・スタート』」
呟くと同時に視界が暗闇に覆われ、次の瞬間には薄暗い空間に立っていました。
「ここが事前準備の間ですか!彩ちゃんに聞いていた通り、不思議ですねー」
この空間は、見渡す限り漆黒の闇が続いているのに、自分の体は見えるという不思議な空間です。
「βテストの時はこの後、案内役のナビゲーターが出て来たはずですけど……」
とか言っていたら、どこからか現れた幾つもの光が私の前に集まって、人型を形取りました。
そうして現れたのは、頭に『絶世の』とか『傾国の』とか付きそうな美女でした。
均整の取れた肢体を包んでいるのは薄い羽衣だけであり、普通に考えれば扇情的と感じるような格好も、どこか神々しく感じるのは、その神懸かった美貌のせいでしょうか?
そんな彼女――“異世界を管理する女神”という設定であるナビゲーターが、厳かな雰囲気のまま口を開きました。
「我が世界へようこそ、異界の旅人よ。よくぞ、数少ない『界渡りの切符』を手にいれましたね。その努力に免じて、あなたに加護を与えましょう」
これが、FPFにおいてのプレイヤーの設定です。
この女神様――名前はアスティアでしたっけ?――は、世界を活性化させる為に、異世界とこちらの世界を行き来できる『界渡りの切符』というアイテムをばらまきました。それを手に入れられた人間だけが異世界に行けて、その際に女神様の加護を受ける事ができるのです。
この女神様の加護はとても強大なモノで、『死んでも一部の経験値と所持金、所持品を代償に教会で復活が出来る』『最初に異世界に行く際に、異世界での種族と職業を自由に選べる』の二つです。
要するに、本当にただの異世界だったら有り得ない様な事を女神の加護という形で辻褄合わせしちゃおう!みたいな感じですね。
「しかし、あなたの努力に免じるには、それだけでは足りませんね」
「…………ほぇ?」
あ、あれ?
事前に聞いていた話だと、先程の台詞の後に女神様から加護を貰って、開くウィンドウから種族や職業、初期スキルなどを決める、みたいな流れになるはず何ですけど……?
頭の中が?で溢れていましたが、その疑問は彼女の次の言葉で霧散しました。
「何せ、あなたは初めてこの世界にやって来たのですから。それ相応の対応をしなければその努力には見合いませんよね」
……これはもしかして、私が一番最初にサーバーと繋がってキャラメイクを始めたので、そのボーナスとして、みたいな感じですかね?
うわぁ、ここでも私の豪運が発揮しましたか!こういうのがあると、嬉しくなっちゃいます!
「それでは、本来与える予定だった加護と共に、こちらもあなたに与えましょう」
女神様はそう言うと、私に手を向け、その掌から溢れ出した光が私を包み込みました。
《称号「原初の旅人」を獲得しました》
それと同時に、頭の中に無機質な機械音っぽい声が響きました。
おお!これが噂の通知音、通称《天の声》ですか!
「加護は与え終わりました。これであなたは種族と職業、スキルを選択出来るはずです。私は場を空けますので、じっくりと選んで下さい」
何故か無性に感動していると、女神様が一言残して消えました。
そして私の前に、半透明な板が浮かび上がってきました。
どう考えても、これがキャラメイク用のウィンドウですよね。
それでは、キャラメイクを始めましょうか。
事前登録という機能を使ってユーザー情報は入力が終了しているので、キャラ名の設定からです。
「まあ、これは普通に『タマモ』でいいですかね」
私に名付けのセンスはあまりありません。変に変えようとしてもおかしな名前になるのがオチなので、親が付けてくれた名前を有り難く頂戴する事にします。
名前の次は、アバターの容姿です。
とは言っても、アバターのベースは現実の自分で、変えられるのは髪や目の色など、限られた項目だけです。身長や体型を変える事も出来ますが、それもどれくらいまで、という制限が付きます。
この理由としては、あまりにも現実の自分と違うアバターにしてしまうと、ログインした時やログアウトした時に違和感が凄くて、うまくプレイ出来なかったり、日常生活に支障を来してしまったりするから、だそうです。
「こちらも特に変えませんかね。いや、髪と目の色ぐらいは変えてみましょうか?」
折角ゲームの世界に行くんですから、少しくらいは非日常感があっても良いですよね。
という事で、色々と変えてみた結果、本来は茶髪の所を深い藍色に、黒目の所を淡い紫色に決定しました。
容姿の設定を終えたら、今度は種族の選択です。
選べるのは「人族」「エルフ」「ドワーフ」「魔人族」「獣人族・犬、猫、兎、熊」の八つ。
FPFにおいての種族とは、主に初期ステータスと、レベルアップ時のステータスの成長具合、それにスキルの適正に関するものです。
FPFではレベルアップすると、そのレベル帯において決まった数だけ(レベル2~9までは2、レベル10~19までは3、と言った具合に、2桁目が1上がる度に1上がる)ステータスが上昇するのですが、その数値がステータスの各項目(筋力・体力・敏捷・知力・精神・器用)に割り振られる確率は、種族と職業の特性によって変わります。
「人族」の特性は、『全項目平均』『職業による成長確率補正上昇』なので、【剣士】などの前衛職になれば筋力、体力などの物理関係が大きく上昇し、【魔法使い】などの魔法職になれば知力、精神などの魔法関連の項目が大きく上昇します。
「エルフ」だったら『精神特化・知力、器用重視』、「魔人族」だったら『知力特化・精神重視』と、それぞれまったく違うので、どの項目を重点的に上げたいか、引いてはどの様なプレイをしたいか、によって選びます。
そして、私が狙うのは――って、あれ?あれれ?
目の錯覚でしょうか?
選べる種族が、先程言った八つだけでなく、他にも五つほどある様に見えるんですけど?
も、もしかして!これら全部、ランダム種族ですか!?
説明の意味がわからないかもしれないですけど、すみません。
自分でも少々分かり辛いと思っているので……