#1 - 1. オルタナティヴ
新連載です。更新は不定期です。
一週間に一回投稿できれば……と思ってます。
『この世界はオルタナティヴで満ちている。』
これは有名な学者が言ったとされる名言だ。オルタナティヴは選択肢という意味であり、これは日本人が言った言葉だ。だからこそ、オルタナティヴが訳されていないだけである。
この言葉を言った学者は、何を思ってこの言葉を残したのか。未だ誰も知らない。多くの学者がその真意を読み取ろうとしたが、相手は幾つもの学説を出し、それを社会に認めさせた権力も持つ学者。太刀打ち出来る相手はいなかった。
その学者は十五歳にして学会の一員となった天才児。その後も数々の逸話を残している。その逸話の一つにこんな話がある。実際は実話であり、証拠も残されているのだが、誰も分からなかった。
その学者はVRMMOのゲーム『オルタナティヴ』を作り出した。このゲームはすぐに有名なゲームとなり、ゲーム自体の評価は常に最高だった。名だたるゲームランキングにて不動の一位を勝ち取り、日間、週間、月間、年間でも常に一位であった。非の打ち所のない作品と呼ばれた。
その時に残した言葉が『この世界はオルタナティヴに満ちている。』なのである。この世界が現実世界なのか、VRMMOの中でなのか謎は残されたままであった。
ゲーム会社に委託していないこのゲームは、独自のサーバーにて管理された。VRMMO自体が今まで夢だと言われていた技術であり、それを実装した事からも評価は十分に高いのだが、それに加えてサーバーすらも自己開発したのだ。同じ事をできる人、会社は無かった。
そして────その学者は死んだ。理由は急死だった。死因は不明であったが、急死である事は明らかだった。その学者は死ぬ時でさえ謎に包まれた存在であったのだ。人々はその学者を『Enigma』と呼んだ。
では『オルタナティヴ』はどうなってしまったのか。普通であれば、個人が所有しているサーバーなのだ。所有者が死ねば、サーバーも時間が経てばストップするだろう。しかし、そうはならなかった。『Enigma』が死んだ後も『オルタナティヴ』は続いた。大型アップデートも行われ、一層の盛り上がりを見せた。実は『Enigma』は複数人なのでは?……とまで言われた。しかし、戸籍を見ると確かに『Enigma』は個人なのであった。
さて、そんな不思議一杯な『オルタナティヴ』はどのようなゲームなのか。勿論、VRMMOと言うだけあって、その名の通りVirtual Reality Massively Multiplayer Online ────仮想現実大規模多人数オンライン────である。
詳しく言えばVRMMORPG────仮想現実大規模多人数オンラインロールプレイングゲーム────。人工的に作り出された仮想現実で身体を自由に動かし、多人数で生活するゲームだ。常時ログイン数が一億人に達していて、世界中のプレイヤーがログインしている。
ゲーム内では普通の暮らしと変わらないが、大きく違うのは世界だ。明らかに世界が違うのだ。地球とは違う文明が発達した世界と言えば分かりやすいだろう。そんな世界が『オルタナティヴ』には広がっている。
このゲームに目的は無い。イベントなどの機能は存在するが、ストーリーなどは無い。極限まで現実に近付けているのだ。痛覚自体は存在しないが、痛みに応じて動きが鈍くなるなどの設定もされている。特別な能力が手に入る訳でも無ければ、別の種族が住む訳でも無い。だが、人々を魅了する。それがこのゲームなのだ。
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2081年11月。『オルタナティヴ』にて五回目の大型アップデートが発表された。このゲームを作った学者は死んだ為に情報は自動でネットに発表されている筈だが……やはりこのゲームは凄い。
五回目の大型アップデートは『永遠に住みたい人々へ』という名称が付けられた。大型アップデートにはそれぞれ名称が付けられる。最初の大型アップデートであるVer.1-AAAの更新には『もっと広い世界を見たい人々へ』という名称の元、マップが地球の数億倍に拡張された。サーバー負荷が心配されたが、結局ゲーム始まって以来、一度もサーバーダウン、メンテナンスは無かった。
二回目の大型アップデートであるVer.2-AAAの更新には『戦いたい人々へ』という名称でプレイヤー同士の戦闘が解禁され、プレイヤー同士が戦う決闘機能などの様々な戦闘機能が追加された。それでいて、殺人や傷害を防ぐための策も怠らなかった。戦闘は両者が戦闘機能を使用する事に同意する事で初めて行われ、それは脳内の意思が適用されるため、強要されるなどと言ったこともなかった。
三回目の大型アップデートVer.3-AAAは『自分の土地を持ちたい人々へ』という名称の領地機能が追加された。これは国や地方といった広範囲の土地を条件をクリアする事で手に入れる機能だ。政治なども自分でする必要があり、それが他のプレイヤーにも適用される。また、クーデター機能も追加され、厳しい条件をクリアすれば、領主の地位を奪う事も可能になった。また、貴族の地位も追加されたため、階級制度になり、さらに現実に近付いた。
そして四回目の大型アップデート。Ver.4-AAAは『金持ちになりたい人々へ』という名称でイベント機能やクエスト機能が追加された。各街にあるクエストギルドに所属すると、クエストが受注できるようになる。クエストには雇用依頼や短期依頼など様々でありる。これでお金を手に入れやすくなったのだ。
今回の大型アップデートのVer.5-AAAは『永遠に住みたい人々へ』とされているが、更新内容は発表されていない。通常であれば、されるのだが。さらに注意書きとして、『オルタナティヴに永遠に住みたい人だけが更新して下さい』という任意制アップデートになっている。今までは強制アップデートであった。
インターネットではこの発表が大きく取り上げられ、様々な憶測が飛び交った。これはネタアップデートだ、とかこれはサーバーのミスだ、とか。肯定意見は少なかった。と言ってもこのゲームは常に一億人以上の人がログインしているゲーム。少ない肯定意見でも数千万人はいるのだ。
そして、アップデートは訪れた。任意制のアップデートであるため、ゲームログイン時にアップデートしますか、しませんか、という質問がなされる。それぞれの選択によって、アップデートが行われた。ここでネタでは無いと分かったわけだ。
アップデートをすると、通常よりも長い待機時間が用意された。しかし、アップデート中もゲームは出来る。アップデート後に再起動は必要だが、それだけだ。待たせる事もしないこのゲームの特色が人気を博しているのかもしれない。
アップデート時間は一時間。プレイヤー達は個々の行動をし、人によっては決闘をして、人によってはクーデターを起こしている。人によっては買い物をして、人によってはクエストを受注している。このゲームはノンプレイヤーキャラクターと呼ばれるNPCにも人間の感情が比べが付かないほどに導入されているためにNPCとの会話も出来る。勿論、会話をしている人もいた。
そしてアップデートは終わった。ゲームは再起動される。ゲームに入り、目を開く。────そこはいつもとは違う世界だった。正確には同じなのだが、明らかに現実味を増していた。NPCによって賑わう街。様々な種族が共存する街。痛覚が存在する街。そして様々な機能が常に起動状態になった街。そこは異世界と言っても何ら過言のない街であった。