昔話から
「資質はある。だが、素質はない」
そんな風に言ったのは誰だったか。
アルバス・ティニーニが背負った荷物の重みを感じながら道を進むうち思い出した言葉。
親代わりの騎士と魔法使い、おまけに暗殺者と神官が口を揃えて言ったのは二年ほど前の事だった。
彼は物心がついて、歳が6つになるころまで冒険者くずれの荒くれものに飼われていた。飼われていたというのは、比喩ではなく本当にそう例えるのが相応しい扱いだったからだ。
服とも呼べない布を身体に巻いて、食事は残飯を混ぜたバケツが食事として出されればマシなほう。寝床は与えられたこともなかったし、身体を洗うことも知らなかった。
親代わりの騎士と魔法使い、おまけの暗殺者と神官に冒険者くずれが突っ掛かり、ボロ雑巾にされなければアルバスはその身の上がいかに悲惨であるかも知らずに死んでいっただろう。
「くっさ!おい、こいつ洗うぞ!」
「はぁ!?一人でやれし!無理無理無理」
「うわっ、最低」
「同意」
「なんだよ!やるよ!やるって!」
アルバスは目の前の大人が何を話しているかも良くわかっていなかった。言葉もほとんど覚えてなかったこともあり、なすがままだった。強いものには逆らわないほうがいい。そうした教育だけはしっかりと受けていたこともあって、彼が小綺麗になるまではなすがまま、あるがまま。
「まあ、こんなもんか」
「ありゃ、意外。可愛いお子ちゃま」
「変態おつ」
「ショタコン?」
「ちげえし!」
飼い主が代わったぐらいにしかアルバスは感じていなかったが、拾ってしまった責任からか。騎士と魔法使い、おまけで暗殺者と神官は親代わりとして彼の世話を始めた。
「おし、坊主。名前はなんて言うんだ」
「?」
「えっ、もしかしてない?」
「?」
「マジか」
「ホントか」
「信じらんない………………」
彼がアルバスと名付けられたのも、この時だった。
言葉の話し方に、読み書きから常識、教養まで。
一番最初に覚えたのは身体の洗いかたと服の着方だったが、彼等はアルバスに教育を施した。
もちろん、一方的に与えられるようなものではなかった。
「アルバス、お前にはパーティーの荷物持ちをして貰う」
「働かざるもの食うべからず。キリキリ働けい」
「うわ、鬼、悪魔」
「精神構造、オーク&ゴブリン」
「えっ、酷くない!?」
アルバスは元々冒険者くずれに荷物持ちをさせられたこともあって何も抵抗はなかった。むしろ、働きぶりが良くて親代わりに驚かれたぐらいだ。そして数日程、あまり危険ではない場所でアルバスの実力を見ていた時に彼が言った。
「きます。きけん」
何事かと親代わり達が詳しく聞こうとして、直ぐ様にモンスターが現れた。親代わり達からすれば雑魚だったが、彼らは戦いに慣れていたし、腕には自信があった。
そんな自分達が気付くより先にアルバスが敵を察知した事が驚きだった。
「おい、アルバス。なにしたんだ?」
「みち、わかります。てき、わかります。おしえました」
「えっ、マッピング出来るってこと!?超便利!」
「道具扱いとは………、外道おつ」
「まさに外道」
「え、ちょっとやめて!」
それはアルバスが神から授かった恩恵だった。
親代わりが聞き出した限りでは、彼の頭の中には広大な地図が広がっていた。集中すれば、その先に誰がいるか、何があるかを理解出来る。半径百メートル以内であれば、自動で敵意を持つものかも判別が可能であった。
なにより、制限がない。どんな場所でもアルバスが迷うことはなかった。どんな場所でもだ。
思わず、親代わりの騎士と魔法使い、おまけで暗殺者と神官が生唾を飲み込んだ。
彼等の目的に、アルバスの能力はあまりにも、うってつけだった。
アルバス達の世界には、迷宮と呼ばれるダンジョンが大小を問わず多数存在していた。
その中でも八大迷宮と呼ばれる8つのダンジョン。
その一つでも踏破すれば、末代まで遊んで暮らせる財産と、未来永劫の名誉が約束されるとまで言われていた。
「やれるかも知れないな………」
「駄目、アルバスには危険すぎる!」
「なら鍛える」
「なら育てる」
「マジで言ってるの………?」
教育方針のぶつかりはあったが、最終的には学習に肉体的な鍛練が加わるのに時間は掛からなかった。
だが、それでも、アルバスが荷物持ちと案内人以上のものになることはなかった。
「あまり、これ以外は向いてません」
そう、アルバス自身も言ってしまったことも関係あるのかもしれない。
そしてアルバスが親代わりの騎士と魔法使い、おまけとして暗殺者と神官に拾われてから七年。
八大迷宮は七大迷宮になった。
目も眩むほどの宝を得て、唸るほどの名誉を手に入れた彼らはそれぞれの夢を叶えることにした。
元が没落貴族の出だった騎士は土地を得て、名誉と共に家を復興した。
異端児扱いだった魔法使いは世界最大の学術団に誘われ、そこでの研究生活をすることにした。
暗殺者と神官はやりたいことも無いので遊んで暮らすと決めていた。
しかし、彼らは忘れていなかった。
彼等の名誉を生んだ、彼等の子供を。
だからこそ、親代わりの彼等はアルバスの意思を尊重するべきだと考えていた。
誰もが自分についてきて欲しいと思いながらも自身の夢を掴んだ時から、聞かなければいけないと思っていたのだ。
「アルバス、迷宮を攻略出来たのはお前のおかげだ」
「だから、これからは自分の夢を追って欲しい」
「教えて、あなたの夢」
「教えて、私たちのアルバス」
親代わりの騎士と魔法使い、そして暗殺者と神官の問いかけにアルバスは迷いなく答える。
「やだなあ、夢はまだ教わってませんよ?」
迷宮で幾度となく絶望を味わい、その度に生存を果たしていた彼等もこの言葉に耐えることは出来なかった。
そういったやりとりから、一年。
アルバスは親代わりとわかれ、七大迷宮の一つで荷物持ちと案内人を続けていた。
今日も肩に掛かる重みを感じながら、夢を探している。