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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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8

 ゴーシュとロアが、平和な日々を過ごす旧王都。


 その旧王都を首都とする旧王国の、東北に位置する国、『ガンド帝国』。


 『太陽神カルマ』を信仰するもの同士で結束されたこの帝国は、一人の男によって統括されている。

現帝王ガンド・ヘリクセン。

 彼は薄暗い部屋で目の前で跪いて敬意を示す臣下を見て口を開く。


「……で、旧王都に展開された防御魔法だが。一般兵器では破壊できないのだな?」


「はい。剣、銃器、爆薬、さらには魔法の攻撃を行いましたがびくともしません。あれほどの魔法強度となると、おそらく術者は神への奉納にその命を捧げたと思われます」


「なるほど。命を賭してまで、あの少年少女らを守りたい理由は皆目見当つかぬが……しかし、嫌いではないなぁ」


 ガンドはオールバックにした自分の紅の髪を掻き上げる。

 彼はすでに防御魔法内部にゴーシュとロアの二人が居ることを、また、その二人しかいないと言う事を知っていた。


 魔法は透明な壁であり、高台から双眼鏡などを用いることで、容易に内部を調べることが出来たのだ。

 しかし、距離があったため名前や顔の細部までは未だ確認には至っていない。


 その範囲が広大故にかなりの時間がかかってしまい、調べ始めたのは展開されてすぐの春だと言うのに、結局二人しかいないと分かったのは冬になってからのことだった。


「嫌いではない」と告げたガンドに、臣下は口を開く。


「帝王様、いかがいたしましょう」


「剣や魔法が効かなかったと言う事は『神器』ももちろん効かなかったのだな?」


「はい。『神聖兵器』を真似て我々人類が生み出した最高の兵器、『神器』を持ってしても、傷一つ付くことはありませんでした」


「なら、仕方あるまい。……彼女を呼び戻せ」


「彼女……ミリア・ルークですね?」


 臣下はガンドの言葉から一人の少女の名を上げた。

 ミリア・ルーク――それはこの軍事国家において、最も兵器に近い少女の名だ。


「そうだ。あれは今、クソ天使共相手に頑張っているだろうが、構わん。呼び戻せ。こちらの方が早急に対処せねばならない問題だ」


 天使、とは北に存在する『天界神カノン』を主として崇め、『天の地』に生息する背から羽を生やした生物のことである。


 数は多くないが、一騎が馬鹿にならない戦闘能力を持っており、さらに天使たちは「気分で滅ぼす」と言うほど何も考えていない。


 危険故に早急に排除するため、ガンド帝国最強戦力であるミリア・ルークを派遣していたのだが、いつ終わるかもわからない戦より、こちらの方が早急に対処すべき問題だった。


「確かにミリア・ルークの持つ神聖兵器、『灰燼に帰す陽砲』なら破壊できましょうが……。しかし、それでは天の地の戦線が押される可能性があります」


「仕方ない。これは同盟国である『商業連合国レア』に依頼されたことだ。こちらが最優先事項」


「ハッ! では、すぐに呼び戻します!」


 臣下は最後にガンドへと頭を下げて敬意を表すと、そのまま部屋の外へと消えていく。

 一人になった彼は、椅子の肘掛けにもたれると大きく溜息を吐いて、一言ぼそりと呟いた。


「はぁ、俺、ミリア・ルーク苦手なんだよなぁ」


 子供みたいな愚痴を言うその姿は、何とも帝王らしく無い物であった。

 ――一か月後、帝王の部屋の前にはブロンドの髪に漆黒の瞳を持つ一人の少女が現れ、ゆっくりとその扉をノックした。


  ★


「すぅ……」


 大きく息を吸いこんだ金髪の少女。彼女はその漆黒の瞳に、無駄に豪奢な扉を映してノックする。数秒の後、部屋の中からガンドの声が響いた。


「入れ」


 呼応するように少女ミリア・ルークは部屋の中へと足を踏み入れる。


「なかなか、到着に時間がかかったな。どうしてだ?」


 問われた少女は、無表情で口を開いた。


「戦地にいたのですから仕方ないにゃー」


「そうか……いや、うん。何と言うか……その語尾どうした?」


「いろんな人に『ミリア・ルークは個性が無い』とよく言われていましたので、とにかく形から入ることにしました」


 ――猫耳もありますよ? と言って、懐から取り出したのは、彼女と同じブロンドの毛の猫耳。堪らずガンドは顔を引きつらせる。


「そ、そうか。ただ一応は帝王の前だ。猫耳は付けないでくれ。できれば語尾も治してほしい」


「そうですか? では、そうします」


 無表情のまま淡々と猫耳をしまい、彼女はガンドの前に傅いた。


「で、帝王様。私に何の御用でしょうか?」


 その切り替えの早さが異常で、ガンドは着いて行けずにすぐに言葉がでなかった。


 ……こいつ、何考えてるのかわからないし、毎回意味のわからないキャラ付けをするから苦手なんだよなぁ。


 しかし、そうわがままばかりも言っていられない。ガンドは居住まいを正すと、威厳を持って言葉を発する。


「ミリア・ルークよ。貴様にはこれから旧王都に出現している、正体不明の防御魔法を破壊して貰う」


「防御魔法? そんなの術者を殺せば効果は無くなるのでは?」


「それが、調査の結果、強度から見て術者は命を対価として神に支払い、魔法を展開したと思われるのだ」


「なるほど。命を対価にした魔法、ですか……」


 対価として命を支払うと言う事は、昔でこそいくつか例があったそうだが、現在では禁止されている。


「奴隷制度がある故に、人の命を対価として魔法を使用するのは『神聖生存戦争』の規定により禁止されていたはず」


 いくら奴隷と言えど命。世界大戦が起こっている今でも、人の命は最優先されるべきだ。


「確かに。その規定で『人の命を対価に魔法を使用したのが発覚した場合、他の国は力を合わせてその国を滅ぼす』と取り決められている」


「なら、何故動いていないのですか?」


「簡単な話だ。魔法が使用された旧王都がある旧王国はすでに敗戦国。存在しない国だ」

 国でないのならば他の国と力を合わせて滅ぼすと言うことが出来ない。と言うか、それ以前に神聖生存戦争から敗退扱いされているので、規定は適用されない。


「なるほど、だから……。では、此度はどうして私が出てまでその魔法を破壊しなくてはならないのですか?」


「そうだな。……お前は商業連合国レアを知っているな?」


「はい、昨年から同盟を結んでいる世界最大の連合国ですよね?」


「そうだ。実は、レアでは今重大な問題が発生しているのだ」


「……重大な、問題?」


 小首を傾げて尋ねると、ガンドは間髪入れずに答えた。


「人攫いだ」


 それを聞き、ミリアはその表情を『嫌悪感を抱いています』と言わんばかりに歪める。


「犯人は『悪魔神ジュリアス』を信仰する『冥府』だ。何が目的かまでは判らないが、年間にして約数百人が攫われている」


「そんなに、ですか」


「もちろんレアとしても放っておくにはいけないので、守護するように国営騎士団を派遣するなどの政策をいくつか打ち出していたが、そのどれもが完敗」


「レアはもともと頭が良い人たちばかりで特出して力がある人は居ないですからね。冥府の魔人たちが相手では正面から突撃されては手も足も出ないでしょう」


 そこまで言って、ミリアはようやく理解した。


「なるほど、だから同盟国であり、世界有数の軍事国家でもある我々『ガンド帝国』に依頼してきた、と」


「ああ。関税の引き下げを交換条件と出した。我々は必ず奴ら冥府を打ち滅ぼさねばならない」


 冥府と『ガンド帝国』の間には旧王国が存在し、旧王都は『ガンド帝国』の兵士が駐留するには絶好の場所だ。故に、冥府を討つには旧王都に展開された防御魔法の破壊が必須となる。


「わざわざ教えていただき、感謝します。帝王様」


「構わん。貴様はこの作戦の要だ。絶対に成功させろよ?」


 「御意」と言って、ミリアはその場を後にしようと踵を返し、しかしガンドに向けた背に声が掛けられる。


「あ、それと、神器使いを一人、護衛として付けていけ」


「神器使いを? 私はあの『神聖兵器』の使い手ですよ?」


「いいから、言う通りにしろ」


 ミリアにはガンドの思惑は理解できなかったが、帝王の命令とあらば仕方がない。


「御意」と、今度こそミリアはその場を後にした。

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