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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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 イーリアがやって来てから一か月か経過した。


 表向きでは普通の職に就いていることになっている両親は、近所の目もあることから普通の生活しかしない。


 特別豪華な料理を用意することは無いが、かといって貧相に感じることもないのである。


 ただ、貯金は有ったので、人が一人増えたところでその生活が変化することは無かった。


「お兄さんっ、ロア! 一緒にお買い物に行きましょう!」


「えぇ、構いませんよ? ですが兄さんもですか?」


「だ、ダメかな?」


「ダメと言う事は……」


 言い渋るロアを見て、ゴーシュは不満げに口をへの字に曲げて声を上げる。


「何だよロア。そんなに俺が着いて行くのは嫌なのか?」


「嫌ってことは無いですが、その――」


 兄の言葉を受けて、ロアの顔は渋くなる。実は最近、ロアはあることに気が付いていた。

 いや、まだ確信には至らないが、この一か月。どうもイーリアがゴーシュを見ている時間が徐々に増えているように感じていた。


 もしこれがそう言う感情なら、これ以上仲良くさせるのは危険と考えたのだ。

 言葉を濁してしまったロアに対し、ゴーシュは元気な声で――。


「よしっ、なら決まりだ! ちっと用意してくるわ」


 その顔に笑みを浮かべて手をひらひらと振りながら彼は自分の部屋がある二階へと向かう。

 取り残されたロアとイーリア。渋い顔したままのロアに、イーリアが眉根を潜めて近づいた。


「ロア、どうしたの?」


「いえ、あの――イーリアは、兄さんが好きなんですか?」


 まさかとは思うが、こうなれば直球勝負だ。


「ふぇっ!? い、いきなり何!?」


 その反応で一目瞭然だ。

 ロアは大きくため息を吐く。


「私が気付いていないとでも思ったのですか? まぁ、兄さんは顔だけは良いですから、別に不思議ではないですが……」


 それを受けてイーリアの顔は真っ赤になる。やはり、と再度ため息を吐きそうになる。

 けれど、まるで茹蛸の様な彼女に思わず口元が緩んだ。


 イーリアとは女同士と言う事と、肉体年齢が同じと言う事で常に一緒にいる。

 姉妹と言うよりは友人に近いだろう。そして、その友人は肉親である兄のことを好いていた。

 血縁者での恋愛なんて、と思うが、友達である以上応援してあげたい気持ちもある。


 あらゆる感情が交錯する中、やがて一つの結論へと至った。

 それは、応援もしないが邪魔したりもしないということ。


 今後の方針が決まり、当のイーリアへと目を向ける。

 バレた事に未だオロオロとしている彼女がおかしく、横目にクスクスと笑っていると、ぬっとリビングに通じる廊下からゴーシュが顔を覗かせた。


「おい、誰が顔だけだ」


「なっ……兄さん! 盗み聞きはモテませんよ?」


「う、うるせいやい!」


 その反応からゴーシュは細かいところまでは聞いていなかったのだな、と推測。

 ほっと胸をなでおろすロアに対し、イーリアはさらにオロオロ。茹蛸を越え夕景の太陽と同じくらい真っ赤になった。


「あ、あぅ……お兄さん」


「ん? って、どうした!? 熱か? 熱なのか!? ……って、あんまり熱は無いように感じるけど」


「はうわっ!」


 ゴーシュにおでこを触られたイーリアは大きく仰け反りながら後退。


「おしっ! それだけ元気なら大丈夫か! んじゃ、レッツらゴー!」


「お、おー……って、兄さんはどうしてそんなにテンションが高いんですか?」


「…………」


 その質問にゴーシュは目を逸らす。


「じー……」


 負けじとロアも見つめ続ける。必死に目を逸らす兄と、兄を見つめ続ける妹。

 やがて、ゴーシュの方が先に折れて――。


「わ、わかった! 答えるから! ……その、何と言うかお前らと出かけると、優越感に浸れると言うか」


「優越感……ですか?」


 意味が解らないと聞き返すロアに、


「ああ、お前ら二人とも可愛いしさ、十七歳童貞の弱オタの俺からすれば一緒に歩いているだけで向けられる男たちの恨めしそうな目がこう……っ! って、おいロア、何だその馬鹿を見るような冷たい目は」


「いえ……はぁ。兎に角しゃべっていても仕方がないので行きますか」


 大きく溜息を吐くロアに、ゴーシュが「何だよ! 俺だって夢見たっていいだろ!?」と抗議の声を上げるが無視。胸中では『イーリアはこんな男のどこがそんなに気に入ったのだろう?』と言う哲学にも似た疑問が渦巻いていた。


 ちらっ、と白髪の少女の方へ眼をやると……。


「お兄さん、彼女居ないんだ……」


 口元をニマニマとさせているイーリア。

 恋は盲目とは、よく言ったものだ。



  ★



 外に出てゴーシュはその空気がいつもと違うことに気が付いた。

 実際それほど違いは無いのだが、話しこむ御婦人方や無精ひげの男たち。

 いつもはその顔に笑みを浮かべて、何がそんなに面白いのだと言うぐらい笑っているのに今日は皆眉間に皺を寄せている。


「……なんでしょうか?」


「さぁ。……ちょいと聞いてくるわ」


 ロアも感じとり疑問を投げかけて来たので二人には、後で追いつくから先に行くように伝えてから近くの人に話しかける。


「こんにちは、何かあったんですか?」


「おっ、ランペルージュの所の長男坊か」


 ゴーシュが話しかけたのはご近所のおじさんだ。

 彼はゴーシュの問いに少し困ったように顔をしかめながら、口を開いた。


「何でもだいぶ離れた街らしいんだが、この国が攻撃を受けたらしいんだ」


「攻撃……『神聖生存戦争』の?」


「たぶんな。うちの国は国教を流転神イーリア様にしてるから、基本的に殺生は無しってことで戦争には参加してなかったのになぁ……」


 流転神イーリアは生と死の流転を司る女神である。地に生を受け、寿命が来ると天へと召される。そしてまた天から地へ。

 その生命の流転を司る。その教えの基本は非殺生であるためゴーシュの居る王国は戦争には参加しない、と世界に表明していた。

 いや、いずれ必ず戦うときは来るのだから、『今は』参加しないの方が正しいだろうか。


 しかし、戦うにしてももう少し後。戦争に参加する国が半分をきった程くらいから標的にされるだろうと、皆そう思っていた。


「街って……どこのですか?」


「王都から北東にあるハイリって街だ。正直街って言っていいのかわからんぐらい人はいなかったらしいがな」


「ハイリ? ……知らないな。それで、戦争を吹っ掛けてきたのはどこの国かはわかっているんですか?」


 ゴーシュの問いに、おじさんの表情は芳しくない。


「それがよ、何処かわかんねえんだ」


「わからない?」


「あぁ」


 街が一つ落とされていると言うのに、敵の正体がつかめないなどあり得るのだろうか。

 確かに攻撃を受けたのはゴーシュの知らないほどマイナーな場所だった。

 が、それでもこの国の兵士は優秀だし、少なくとも人間が納めている国とはそれなりの親交もある。


 首をかしげるゴーシュに、おじさんは――。


「何でも、ある行商人たちがハイルの街へ物資を届けに行ったら――そこはゴーストタウンになっていたらしい」


「ゴースト……って、えぇ!? たった一日で!? そんなことって」


「あぁ、人っ子一人どころか、血も死体も、とにかく人と言う人が消えていたそうなんだ。街は静寂に包まれていて、でもなぜかその街の窓ガラスと言う窓ガラスはすべて砕け散っていたらしい」


「そんなのって……」


 嫌な想像が脳裏をよぎる。


「あぁ、みんなの間じゃ大きな組織が動いて国がそれを隠蔽しているってもっぱらの噂だよ」


 ――国の隠蔽工作。別に愛国心が強いわけではないが、そんな悪いことはしないと信じていた故、少しショックを受けた。


 だが、よく考えてみれば本当に証拠が出ていないだけなのかもしれない。おじさんの話ではまったくその真相がわかっていないと言っていた。


 つまりは国も自分たちと同じなのかもしれない。

 国民と同様に、何故一夜にしてゴーストタウンが完成したのか、わかっていないのかもしれない。


 人々が消える――それはまるで神隠しの様だ。

 だが、神隠しと違い、その街では人以外にガラスが割れたと彼は言っていた。明らかに人為的。


 何か大きな力が動いているきがする。ゴーシュはすっかり思考の坩堝に陥ってしまう。

 没入し、けれど直ぐに現実へと引き戻された。


「ていっ、兄さんは馬鹿ですか? 後から追いつくとかなんとか言っておきながら考え込むなんて」


「そ、そうです、お兄さん! せっかくみんなで買い物なのに」


「なんだ? 先行っててって言っただろ?」


「はい、私は先に行こうと言いましたが……イーリアがどうしてもお兄さんと一緒が良い! なんて言ったので」


「ろ、ロア!? 私そんなこと言ってないよ!?」


「あはは~そうでしたっけ? でも、一緒に行きたいのは事実なんでしょう?」


「ま、まぁ……」


 ゴーシュは二人の話を聞いて――。


「よく判んないけどこれってモテ期!?」


 大きな声を出すゴーシュに「五月蠅いです」と言いながら腹パンを行うロア。

 黙った彼を見届け、踵を返して先に歩き始める。

 と、不意に立ち止まると首だけこちらへと向けて一言。


「あ、そうそう。イーリアが迷子になったらだめなので手を握っておいてくださいね」


「え? あ、うん」


 腹を抑えながらロアのお願いを了承する。すると「ちょ、ちょっとロアぁ!」と何故か頬を高揚させたイーリアが抗議の声を上げた。


 ……これは本気で嫌がっていると受け取るべきか、それとも照れていると受け取るべきか。


 ゴーシュは瞬時に思考を行い、やがて一つの結論に帰結する。


「ふぁ……? お、おおお、お兄さん? な、何で手を?」


「嫌か?」


「い、いえ! そんなことは……」


「よし、じゃあ行こうか!」


 白髪の少年と、同じく白髪の少女。二人は互いを結ぶその手をぎゅっと握りしめて歩き始める。少年は、気が付いていた。イーリアの気持ちに。


 頬を染めてあのような態度をとられて気付かないほど鈍感ではない。

 だから彼女の左手を握る。

 それは彼女の気持ちに答えるのではなく、彼女を満足させるだけに留める。


 齢十七にして童貞。顔のせいか決してモテないことは無いが、性格に難があるため行為に及んだどころか彼女が居た経験もない。


 そんな中、純粋に好いてくれるイーリアは確かにゴーシュからしても良い存在なのかもしれない――が、それで彼女と――血縁者と関係を持つのは間違っている。


 故にゴーシュが浮かべるのは笑み。作られた微笑みなのだ。


「は、はい!」


 ――少女ははにかむ。少年の内心を知らないから。


 己の左手に感じる、温かな温度は心臓の鼓動を加速させる。血流が体中を光速でめぐり、隣に居る少年にまで拍動が届いているのではないかと錯覚させるほどだ。


 しかし、それでも離れたいとは思わない。むしろ聞いてほしいとさえ思う。


 ……出会った当初はただ「カッコいい人だな」と思っていた。


 けれど、その見た目と、ロア曰く「兄さんはシスコン」と言う事でとても優しくされているうちに思いは募っていった。最初の好印象を覆すように、塗り返すように。


 やさしさを向けて、微笑みを向けて、本当の妹の様に接してくれる彼にドンドン惹かれた。

 自分でもこれが叶えてはいけないものだとわかっている。ゴーシュとの間には同じ血が流れている。


 だから、見ているだけでよかったのに……つい一緒にいたいと買い物に誘い、目で追いかけロアにバレてしまった。


 ……おそらくお兄さんも、私のこの感情には薄々気が付いている。


 自分でも感情を隠すのが下手だと言う事はわかっている。

 故に、わかっていながらこうして手を繋いでくれる彼は本当に優しいのだと思う。


 キュッと、握る手に、離したくないと力を込める。すると、彼は笑みを向けてくる。


 ……嗚呼、これは作り笑いだ。彼は一応常識人。だから、決して私たちが結ばれることは無い。


 だから――少女もまた、取り繕った笑みを浮かべる。


 申し訳なさと、しかし満足する自分に対する嫌悪感。


 ただ手をつなぐだけだと言うのに、感情が混在しているだけで難易度が跳ね上がる。


「二人とも、そうして笑い合っているとカップルみたいですよ」


 ニヤニヤとロアは告げる。一人、ゴーシュとイーリアを傍観する立場にいる彼女は気が付かない。そして、二人は返答する――


「いや、どこからどう見ても俺たちは――」


「いえ、どこからどう見ても私たちは――」


 声音を重ねて、酷く冷めきった目でもって。


「兄妹だろ」


「兄妹だよ」


 作られた関係。二人とも決して嫌ではないのに、この関係には嫌悪感を抱く。


「……?」


 そんな二人がおかしいと思ったのか、ロアは疑問気に小首を傾げた。これくらいならいいだろうと気を使ったのに、ゴーシュだけでなく、イーリアも様子がおかしかったからだ。

 だが白髪の兄妹はその反応を無視し、接近。ロアの横に着いて歩き始める。


 この時、ゴーシュはまだ気が付いていなかった。

 彼の持つこの優しさが原因で、すべてを失ってしまうと言う事を――。


 すべてを無くし、後悔し、己を侮辱し、害心を抱き、自殺を考えるほど追い込まれる。そんな未来がやってくるという事を――少年は、知らなかった。

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