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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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「……さん、兄さんっ!」


 その声を心地いいと思い始めたのはいつのことだっただろうか。

 真上から降ってくる聞きなれた声。普通なら疎ましく思う声は、少年ゴーシュ・ランペルージュにとってとても心地よかった。


 声と共に体を揺すられ、目を覚ますと黒髪の少女の姿が見える。


「あ、おはよう。ロア」


「おはようじゃないです、もうお昼前ですよっ! さ、早く顔を洗って来てください」


 頬を膨らました黒髪の少女、ロア。

 髪の色が異なるせいで兄妹では無い、とよく疑われるが、血の繋がった兄妹である。


 彼女の言葉を聞いて体を起こし、階下へと向かった。階段を下りて一番最初の扉を開けるとそこは洗面台。

 顔を洗うと、リビングへ。入って正面の棚にはゴーシュとロア、あとその両親と、彼らの実験成果である現人神の胎児が入ったカプセルが写っている写真がある。

 家族写真を撮ろうと言う事で、父と母の受精卵でもある現人神も一緒に写ろうと言う事になったのだ。


「そう言えば、父さんと母さんは?」


 リビングに向かうも、そこに両親の姿はない。

 キッチンで作られた料理を運ぼうとしているロアの手伝いをしながらゴーシュは尋ねた。


「父さんも母さんも今は研究室に行ってます。……って、もしかしてその口ぶり。今日が大切な日だってこと忘れたんですか!?」


「えーっと、何かあったっけ?」


「何かあったっけ、じゃないですよ! 現人神イーリア様の急速成長が成功したから、今日から我が家で一緒に生活を始めるんですよ! 昨日寝る前にもきちんと言いましたよね?」


「……すまん。その後ゲームしてたら忘れてた」


「あー、またギャルゲーってやつですか? 兄さん、最近オタクっ気出て来たんじゃないですか?」


「ち、ちちちげーし! 普通のRPGだし!?」


「その慌てぶり、怪しいですね……正直に言わないとベッドの下に隠している親子丼もののえっちな本のことお母さんにバラしますよ?」


「はいはーい! 俺はギャルゲーをしてましたぁ! だから、絶対にベッドの下はもう覗かないでくださーい!!」


 ……どうしてばれているんだ。


 内心で冷や汗をかきながらゴーシュはエロ本の隠し場所を変更することを胸に決める。


「よろしい。別に嘘を吐かなければ怒らないんですから、隠さないでくださいね?」


「ほ、本当か!?」


「えぇ、本当です。では、後でそのギャルゲーとやらを出しておいてください。処分しておきます」


「超絶怒ってるじゃねーか!」


 理不尽だぁ! と抗議するゴーシュに、ロアはクスクスと笑いながら、しかし言葉の訂正は行わない。

 その姿から「グッバイギャルゲー」と呟いてゴーシュは己の席に座り、料理に手を伸ばす。


「こら、兄さん! 食べる前にはちゃんといただきますを言ってください!」


「へいへい、いただきます」


「はい、では私も。肉となった命に感謝を、サラダになった野菜に感謝を、セールでお味噌を格安にしてくださったケインさんのお店にも感謝を……いただきます!」


「さ、最後の必要なのか?」


「とっても必要です!」


 彼女との会話はとてつもなくどうでもいいことばかり。

 だが、それは兄妹としてはいたって普通で、しかし心地良い。


「あ、そう言えばさ」


 食事を終え、二人で食器を洗いながらゴーシュはロアに尋ねた。


「なんですか?」


「現人神様ってどんな姿なんだろうな? 前会ったのはまだカプセルに入ってた時だからなぁ」


「さぁ、それは私にもわかりませんね。と言っても、もうすぐ……あっ」


 唐突に鳴ったインターホンに、ロアが手元から視線を玄関へと向ける。


「来たようですね」


「そうみたいだな」


 二人で手を洗ってから、玄関へ向かうと、ちょうど鍵が開いた。


 するとそこには、白髪の女性と黒髪の男性。二人の両親である母メイリと父トレットだ。


 そして、彼らに挟まれるように一人の少女が居た。


「「…………」」


 少女を瞳に納めた瞬間、ゴーシュとロアは息を飲む。人形のように美しい姿。綺麗な白髪にアメジストの瞳。

 ゴーシュと酷似する点を多く持つ少女は、この世の物とは思えないほど美しい。


「あ、あの!」


 呆けていた二人は、少女の声で意識を戻す。


「私は、イーリアって言いますっ! お兄さん、お姉さん! 今日からよろしくお願いしますっ!」


 ぺこりと頭を下げたイーリア。するとそれを受けた二人も慌てて頭を下げながら、


「「は、はい! よろしくお願いします!」」


 三人のファーストコンタクトは、何とも緊張に包まれていた。


「ど、どうぞ汚いところですが……」


 家に招き入れようとするゴーシュの言葉を聞いて、ロアがその額に青筋を立ててゴーシュの腹を抓る。


「汚い……? 私が一生懸命掃除している家を汚い……?」


「い、いてててッ! 今のは言葉のあやだって! って、現人神様の前だぞ!」


「あっ、す、すいません!」


 恥ずかしいところを見せてしまった、と顔を赤くしながら頭を下げるロア。

 それを受けてイーリアはあわあわとしながら「顔を上げてください」と言ってから。


「それと、私のことはイーリアで構いません。お兄さん、お姉さん」


「で、でも……」


「良いんですよお姉さん。私の方が年下なんですから。……それに現人神なんて言われても記憶があるわけではありませんしね」


 ――神と言う自覚はありません。と苦笑する少女を見て、しかしロアは彼女に敬意を抱く。

 すぐに、はいそうですか。と返事できるほど簡単な話ではないと思ったからだ。


 だが、ゴーシュは違った。


「おっけ、わかった。よろしくねイーリアちゃん」


 挨拶しながら笑顔で彼女の頭を撫でる。


「は、はい! お兄さん!」


 神様を撫でるなど……とロアは考えていたがどうやら本当に神と言う自覚は無いようだ。

 つい先日までカプセルにいたと言う彼女は自分たちが血の繋がった兄妹だと言う自覚も無いのだろう。

 今回のこの実験は、彼女に一般常識と、国を裏切らないための愛情を育てる名目とロアは両親から聞き及んでいる。


 ふと、そこまで考えて『マズイ!』とロアは思った。兄妹と思っていないと言う事は、イーリアにとって目の前にいるのは初対面の男で……さらに言えばゴーシュの顔はかなりいい方だ。

 身内の贔屓目で見ても、カッコいいとロアは思う。


 もしかしたら一目惚れなんてこともあり得るかもしれないのだ。


 バッと、イーリアに目をやるが。


「な、なんだ……大丈夫みたいですね」


 よく考えれば一目惚れ何て早々起こりえないことだ。


「あっ、ロアお姉さんも、よろしくお願いします!」


「いえいえ、イーリア様。ロアで構いませんよ……」


「えっ、でも……」


「イーリア様は現人神で在らせられるのですから、当然のことです」


 しかし、イーリアは不満げの表情だ。


「だ、だったらロアと呼ぶかわりに私のことをイーリアと呼び捨てにしてください! 私は『家族』をやってみたいんです!」


「で、ですが……」


「これは愛情をはぐくむ実験ですよ!」


 そう言われると困りものだ。困った果てにロアは白旗を上げた。


「わかりました。イーリア。これからよろしくお願いします」


「よろしくね、ロアっ!」


 微笑み合う二人。黒髪のロアと、白髪のイーリアは髪色こそ正反対だが瞳は同じアメジストの色。二人はよく似ていた。

 ロアに自覚こそないが彼女もまた綺麗な顔立ちをしている。和やかになるその空気に、ふと馬鹿の声が割って入った。


「はいはーい! んじゃ、俺の事もゴーシュで良いよー!」


「あ、いえ。お兄さんはお兄さんのままで。ロアも兄さん、と呼んでいるようですので」


「んー、何だろう。この俺だけ距離を置かれている感!」


 もともとロアも「兄は敬うべきです!」と言って、敬語と兄さん呼びを変更してくれないので、ギャルゲー宜しく『兄貴』や『お兄ちゃんっ』と言うのをゴーシュは味わったことが無いのだ。


 さすがに初対面の女の子に呼ばれるのは気恥ずかしいので名前で呼ぶのを頼んだが、それすらも拒否。結局、ロアと同じくらい遠い呼び方だ。


 ――だが、そんな疎外感を感じたのも最初の数日間だけだった。

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