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目の前で神聖兵器を構える少女。
黒と赤の軍服から覗く手首や足首はいたって健康的な少女のそれだ。
本来、人間と言う物は男の方が強い。
そう言う構造にできている。
女には筋肉が付き難く、男ほど大きな骨格を持っているわけでもない。
故に、軍事社会の『ガンド帝国』内において女性が注目されることはまずないのだが――ミリア・ルーク。
彼女を一言で表すのならば、鬼才。
男性至上主義だった『ガンド帝国』内に旋風を巻き起こした彼女は後にこう称されている。
――戦闘姫、と。
「ハッ、相手にとって不足なしッ! 行くぞ、戦闘姫ッ!」
「叩き潰します」
ナイトは開いていた約十メートルもある距離を一足飛びで詰めて、握った拳を彼女へと振るう。
あまりの速度と威力に衝撃波が生まれる打撃は……しかしナイトは手ごたえを獲ることが出来ない。
ミリアはナイトの拳を目視は出来ていなかったが、ただ放つ前の筋肉の動き、姿勢、そして今までの会話から彼の性格を予想。
予知にすら到達する予測によって彼の拳を受け流していた。
受け流し、二人の立ち位置が変わると、ナイトはすぐに追撃しようと振り返る。
するとその眼前には銃口があった。
「……『穿て』」
閃光が目の前で迸り、その名の通り万物を灰燼に帰すほどの威力を内包する砲撃が行われる。
射出されたエネルギー波は周囲の地面を抉りながら突き進む。
だがエネルギー波がナイトを貫くことは無かった。
発射されるまでのわずかなタイムラグでナイトは右へと回避していたのだ。
「当たるとでも思ったのか?」
「いえ、貴方なら避けると思いました」
一瞬疑問に感じたが、数瞬遅れて気が付く。
己が避けたことで『灰燼に帰す陽砲』から発射された攻撃は真っ直ぐに旧王都の防御魔法へと伸びていく。
彼女の狙いは最初からナイトではなく、その背に合った防御魔法。
もし銃口を蹴りあげていたのならば大丈夫だっただろうが、彼女が向けた時にはすでに蹴り上げるまでの時間は無かった。
全力で回避することでようやく避けれるほどだったのだ。
口では平静を装うとも、ナイトは目の前の戦闘姫に緊張していた。
だからこそ、視野が狭くなっていたのだ。
神聖兵器相手ではさすがに破壊されてしまう。
と思い「……まずったな」とぼやきながら頭を掻く。
だが、それと同時にここに居る兵を全滅させれば何も問題はないなとも考えた。
予想通り上手く行ったと歓喜するミリアと、殺すための準備運動を行うナイト。
しかし、直後二人は驚きの光景を目にした。
真っ直ぐに飛んで行った攻撃は、見事防御魔法を直撃。だと言うのにもかかわらず……。
「砕けない……っ!?」
防御魔法が『灰燼に帰す陽砲』の攻撃を受けても砕けないことに、ミリアの表情が歪んだ。
「クハッ、凄い! 凄いぞ! さすがだ!」
対するナイトは狂乱に笑う。
「『神聖兵器』による射撃でもダメだった……? いや、もっと威力を収束させて放てばイケる?」
ぶつぶつと呟いているミリアに、ナイトは右手を振りかぶりながら……。
「どうやら予想をはるかに上回る防御魔法の様だなぁ!」
「そのようですねッ!」
彼の拳をミリアは股を大きく開いてしゃがみこむことで回避。
股関節の柔らかさは女が男に勝る特徴の一つである。そうして僅かに生まれた隙に、懐からナイフを取り出して彼に突き立てる。
「刺さると思うのか!」
しかし、高祖の肌はナイフを通さない。
ミリアの持つナイフも一級品であるため折れることこそないが、それでも生き物に突き立てて刺さらないと言う事自体が異常であった。
「私の腕力だけでは無理です。……でもッ」
ミリアは五つに別けた『灰燼に帰す陽砲』の一つを操り、ナイトの背中に叩きつける。
物凄い衝撃によりナイトの体がナイフに押し付けられた。
本来ならミリアも押されてナイフは通らず状況は拮抗したままだが……。
「もう一つを足場にッ!?」
「『灰燼に帰す陽砲』応用編です」
『神聖兵器』と言う超兵器にサンドイッチされて、物凄い圧力を加えられたミリアのナイフは徐々にナイトの肌を切り裂く。
「くっ、舐めるなよぉ!」
五ミリほど入った時点でナイトがミリアを蹴り飛ばす。すると背中を押してきていた『灰燼に帰す陽砲』の力が消失し、脱出。
胸から流れ出る紫色の血を眺めながら、ナイトは不敵に笑った。
「流石だぞ、戦闘姫! 『神聖兵器』以外では傷もつかぬと言われてきた我が肌に、よもやただのナイフ一本で傷を負わすとは!」
告げるナイトに、ミリアは脇腹を抑えて、しかし無表情のまま唾棄する。
「普通なら『灰燼に帰す陽砲』の攻撃を回避するなんて出来ないはずなのに、それを平然とやってのける。そんなあなたを相手にするには私自身も本気で挑まなくては、と思っただけです」
「ふはっ、そうか! そうかそうか! 戦闘姫に本気で戦ってもらえるとは、これは何とも嬉しい事か!」
高笑いして喜ぶナイト。そんな彼にミリアは告げる。
「一ついいですか?」
「何だ?」
「その戦闘姫と言うのは『神聖兵器』を授かる前のただの女の子だった時に付けられた名です。今の私に言うのは、止めてください」
――非常に不愉快です。
と言って、ジトッとした目でミリアはナイトを睨む。
対し、睨まれたナイトは思わず呆けてしまい、だが次第に何が面白いのか腹を抱えて笑い出した。
「クハハッ、これは傑作だ!」
「何が?」
ナイトは笑いで零れてきた涙を拭いながら、
「何故がって? 普通の女の子は戦闘姫何て呼ばれないんだよ! ……じゃあ、逆に聞くが、普通の女の子の時に戦闘姫何て呼ばれて、だったら今はなんだっていうんだ? 世界屈指の軍事国家、その中でも最強と呼ばれる今、お前は何なんだ?」
「そんなの、決まっているじゃないですか」
「ほう? それは?」
ミリアは一度瞑目し、やがてゆっくり目を見開くと、平然と言ってのけた。
「今の私は人を殺して、戦争で何人も殺し続けて権力を手に入れた。そう……狂いに狂った鬼。ただの――化け物です」
ナイトの口元が三日月に歪む。
「嗚呼、良い! 実に良い! だったらそんなお前に着いて行く俺も、否。高祖自体がすでに化け物!」
一度言葉を区切ると彼は仰々しく両手を広げて宣言した。
「化け物による化け物退治。勝てばより化け物に近付く腐った戦闘。非常に! 非常に興奮するなァ――っ!」
★
「エドワードさん! エドワードさんッ!!」
声に意識が覚醒していく。
泥波に漂っていた意識がはっきりとして来て、やがて目を覚ます。
青髪の青年、エドワードが目を覚ますと、見知った軍服が飛び込んできた。
……ここは、どこなのだろう?
そう考えて辺りを見ようと体を動かして……あまりの激痛に呻きながら顔を歪めた。
「まだ動いちゃダメです。高祖の一撃をもろに受けたんですから」
「こう、そ?」
告げられて、作戦開始直前に突然現れた謎の男のことを思い出す。
ミリアを狙っていた様子だったのでエドワードが護衛としての任務を果たそうと全力を持って排除しようとして、手も足も出ずに敗北したと言う事。
「アイツは……そうか。高祖か」
……ならばあの強さも納得だ。大方全員で撤退してきたと言うところだろう。
そうとなれば寝ては居られない。
早く体を起こし、ミリアと作戦を練らなくてはいけない。
「もう大丈夫だ。それよりミリア様を早く呼んでくれ……ん? どうした?」
彼女の名を出した途端、あたりに居た兵士が皆一様に顔を背ける。
「ミリア・ルーク様は……その……」
「何だ? 早く言ってくれ。ミリア様はどこだ?」
少しにらみを利かしながら言うエドワードに、兵士はヒッと小さい悲鳴を上げてさらに言い渋る。すると副隊長である男が姿を現す。黒髪の百獣の王の様な巨漢だ。
彼は端正な髭に手をやり、目を背けながら告げた。
「エドワード様。ミリア様は我々を逃がし、一人で高祖と戦闘を続けています」
「なッ!? 相手は高祖なんだろう!? ミリア様は神器使いでいくら強いからと言っても、高祖相手では五分五分だ。これがどれほど危険な賭けか、わからないあなたではないでしょう!?」
「わかってます。五分五分と言う事は負けてもおかしくないと言う事。ミリア様は武術、剣術においても凄腕の鬼才であり、『神聖兵器』を保有しています。負ければそれらを一度に失い、『ガンド帝国』にとって致命的ともいえる損失になる」
「あぁ、『神聖兵器』を使うには信徒であることが条件の一つだから、向こうに奪われて使われることは無いが、それでも最強の兵器を失う事には変わりない」
二人の会話に、ふと一つの声が割って入る。
それはまだまだ新米の、未成年の兵の物だった。
「あの……お二人ともミリア様の心配はしないんですか?」
エドワードと副隊長が交わしていたのは、あくまでも国の損失。
ミリア自信を失うと言う悲しみの色は一切見せていなかったのだ。
エドワードは新米の兵士に向き直り、冷たい目で一つ、呟いた。
「今は戦争中だ。そんな甘いことは言っていられない。確かにミリア様の貧乳は素晴らしいが……今はミリア様が敗北した時、どうやって『神聖兵器』を回収すると言う事を考えるんだ」
彼の言葉に、一瞬その場の全員が耳を疑ったが、続くセリフに何かの聞き間違いだろうと流す。
エドワードは最後に――余計なことは考えるんじゃない。と言って話しを締める。
ミリア本人を心配することを『余計なこと』と言ってばっさり切り捨てたエドワード。
親しくなった人間を失うことと、国の勝利を天秤にかけて、勝利を選び続けたからこそエドワードはここに居るのだ。
それはおそらくミリアも。
ガンド帝国の歴戦の兵士は皆、目の前で友人を失うかもしれない窮地に立たされようとも、平気で見殺しにできる。
そんな集団なのだ。
エドワードの厳しい言葉に誰もが口を塞ぐ。
誰も彼もが納得はしたくないが受け入れるしかない、と言う表情だ。
そんな中一人、茶髪のメアと言う少女はどうしても納得がいかず、この国はおかしいと考えていたのだった。




