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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
14/30

13

 ミリア・ルークとナイト・バロンの戦闘が開始から遡ること数時間前。夜が更けはじめた街で、ゴーシュは不満そうな表情を見せていた。


「くそったれ」


 汚い言葉を発したそこは今まで訪れたことがない路地裏。ロアに見つからないだろうと思って迷い込んだ果てである。

 近場の階段に腰を掛けながら肘をついて、ゴーシュは溜め息を吐いた。真っ暗になった街は異様な不気味さを醸し出されており、不安な表情が湧いてくるが、ロアへの怒りはそれに勝る。


 ……いや、違う。俺は怒ってるんじゃない。自分の仕事を全うしようとしないロアにイラついているだけだ。


 それを怒っていると言うのに、ゴーシュの頭はそんな単純なことも考えられない。

 今まで考えて行動してこなかった結果だ。誰も居ない廃墟街に閉じ込められて死に直面しかけたと言うのに、ロアと言う一人の少女の存在がゴーシュを堕落させた。

 たったの一年で、かつて記憶を失ってすぐ、混乱の中でも行動できていた少年は堕落しきっていた。


「……腹減ったなぁ。あと寒い」


 呟くも、体は動かさない。

 この体たらくもロアが今まで世話をしてくれていたから。今までならば、呟くだけでロアが愚痴を言いながらも世話をしてくれていた。

 ゴーシュは今までとは違う現状に、さらに腹を立て、理不尽で幼稚な思考が加速する。


「ロアが悪いんだ。ロアが自分の仕事を全うしないから」


 拳を握りしめる。言葉にするたび、何故かちくちくと心が痛む。

 悪いのはロア。自分は何も悪くない。そう考えると、心が苦しい。

 ロアに対して激情を抱けるのに、なぜか憎しみは抱けない。


 ……何故?


 ゴーシュは自分の心に問いかける。


 ……彼女が可愛いから?


 違う。視覚的観点ではない。


 ……彼女が今まで優しくしてくれていたから?


 それも違う。確かに優しくしてくれていたが、そうではない。彼女が優しいと言う事は初めてであった時、自分の世話をわざわざしてくれると告げた時からわかりきっていることだ。


 ……なら何か? と、今一度ゴーシュは心に問いかける。


 瞑目し、深く呼吸を繰り返し、ただ一遍の雑念もなく。ただ一粒の邪念もない。


 良心も悪心も、すべてを取り払って自分の内側へ入り込み、やがてそれは明鏡止水へと至った。――目を開く。


 ……本当はわかっていた。


「くそ」


 すべてをわかった上で、最初の一言は酷く汚い言葉。


 ゴーシュは階段から立ち上がり、愚痴を言いながら道へと降りる。地面に転がった石を蹴り飛ばした。

 コンコンっと音を立てて数度バウンドした後、石ころは側溝へと落ちる。


 ……俺は、ロアを憎めない。


 だって、自分は彼女の兄なのだから。


 初めて会った日から約一年。長いようで短い時間を、ゴーシュは彼女一人と積み重ねて、結果、知らない人であったロアと言う少女は、妹のロアと認識するようになった。


 夜、眠れないほどドギマギした日もあった。


 防御魔法のことを教えられたとき、歳相応に躊躇なく馬鹿にする態度に腹を立てる日もあった。


 しかし最近では喜ぶ彼女の姿を見ると心が温かくなった。

 一年間――その時間は情を抱くには充分だった。

 だから憎めない。ロアを憎むなど、ゴーシュにはできなかった。

 ただの優しい妹ではなく、一人の少女として親愛を抱いたからこそ、憎めなかったのだ。


 そうして思い出すのはあまりにも情けない自分の姿。

 ロアに甘えてばかりで、迷惑しかかけてこなかった愚かな自分。


「くそ、くそ」


 嫌になる。


 ロアは正しい。わかっている。

 自分は駄目だ。わかっている。


 けれど彼女はなんだかんだと言いながらすべてを受け入れてくれる。

 無償の愛をゴーシュに向けている。

 ――否、向けていた。もう無償ではない。


 彼女はもう無理だと言って協力を求めてきた。なのに、自分はそれを拒否した。


「わかってんだよぉ……」


 ……大人にならなきゃいけないのは、わかっているんだ。


 謝るべきなのは自分。だが、もう引っ込みがつかない。

 無駄なプライドが邪魔をする。今まで精神的に彼女より優位に立っていたと『思い込んでいた』からこそ、そう簡単に頭を下げると言う行動が出来ないのだ。


 と、その時『ぐぅ~』とゴーシュの腹が鳴る。


「……腹減った」


 だがゴーシュ一人では何もできない。食材調達は仕方がないが、料理をするのもロア。


 ……せめて、料理くらい手伝ってやれば、こんなことにはならなかったのかな? 等と、今更なことを思いながら空を見上げる。春の夜空に輝く、満天の星々が見えた。


「最近読んだ本に、『海に比べりゃ俺らの悩みなんてちっぽけなもんだぜ』って台詞があったけど……夜空と比べたらもっとちっぽけな物なんだな……」


 ――よし! とゴーシュは一つ意気込むと決心する。


「謝ろう。ちゃんと、俺から」


 そして手伝おう。ロアの言っていた『二人で一緒に』をやろう。

 一度己の頬を張って気合を入れると、視線を目の前の道へと向けて……瞬間、視界が大きく歪んだ。


「なっ……!?」


 足元がふらついて、近くの民家にもたれかかる。それは眩暈などではなかった。

 証拠に、ゴーシュの表情がこれ以上なく困惑に歪んでいる。

 今、視界が大きく歪んだ瞬間、ゴーシュの頭の中に映像がなだれ込んできた。


 あったのは目の前の道。歩く自分。手を繋いで隣を歩く見知らぬ黒髪の少女。


 そして、駆けまわる子供たち(、、、、、、、、、)談笑するご婦人(、、、、、、、)元気に客を呼び込む(、、、、、、、、、)商人の男たち(、、、、、、)

 やがて、一つの家の前に辿り着いたところで映像は終わる。


「……今のは」


 ゴーシュは映像の理解に苦しんだ。

 今見たのは間違いなくこの街。

 だが、今いる道を通ったことは無いし、黒髪の少女にも見覚えはない。

 そしてなにより、この街には人はいない。

 となると考えうる可能性は一つしかなかった。


「まさか……俺の記憶? 取り戻しかけているのか?」


 だったら一か八か、ゴーシュは駆けだした。

 道を辿り、記憶の中の自分たちが向かった家に行けば何かわかるかもしれないと、そう考えたのだ。息を荒げ、そうして目の前に一つの家を見つける。


 妙に懐かしい。そんな家だ。


 ゴーシュは家に近付く。一歩、二歩と近付くと胸騒ぎが現れた。埃と錆でかなり読みにくくなっているが表札もかかっている。


 指でふき取り、そこに書かれている名前を読み上げた。


「『ランペルージュ家』」


 ドクンッと心臓が跳ねる。辺りは薄暗い。唯一の光源は月と星だけだ。


 正直、ゴーストタウンの家の中に入るなど、気味が悪いことこの上ない。

 しかし、ゴーシュの中では好奇心の方が強かった。


 錆びた玄関のドアノブに手を乗せる。

 回すと、鍵はかかっていなかった。

 中は光がほとんど入ってこず、一段と暗い。生唾を飲み込みつつその足を踏み入れる。

 ギシッ、と音がしたが壊れる気配はない。


「ロアの奴。確か俺らの家は壊れたって言ってたよな?」


 だと言うのにこの家はそんなようには見えない。

 窓ガラスは内側に割れて飛び散っているがそれはこの街なら珍しい事ではない。


 他の場所も、確かにボロくはあるが、一年ほど手入れをしなければ納得と言うくらいだ。

 特におかしいと言うほどではない。埃が積もる廊下を滑らないように歩き、蜘蛛の巣を避ける。


「もしかして他人の家?」


 その考えが頭によぎり、ゴーシュは一番近くの部屋に入る。

 扉を開けるとそこはリビングだった。外から窓ガラスが割れて中に散乱している。


「……これは」


 ふと見つけて手にしたのは写真立てに入った写真。映っているのはゴーシュと、先ほどの映像に出てきた見知らぬ黒髪の少女。

 そして両親らしき白髪の女性と黒髪の男性。


 男性はその手に五十センチくらいのカプセルを手にしながら映っている。

 写真から、彼らとゴーシュが家族だと言う事は間違いない。

 髪色に目付きや鼻がどことなく似ているからだ。……が、一つ疑問が湧く。


「ロアは? ロアはどこだ?」


 己の妹である白髪の少女の姿がその写真に無いことにゴーシュは混乱した。

 ――と、混乱するゴーシュの足元を不意に風が駆け抜ける。

 ひんやりとした春の夜風に驚いてゴーシュは写真を落してしまう。

 いや、驚いたのは正確には風ではなく、風に煽られたことで揺れたカーペットに、だ。


「何だ? あれは穴?」


 疑問を口にしながらリビングのカーペットが捲れている場所に近付く。

 パタパタと揺れているところを見るに、下からも風が吹いているようだ。

 ゴーシュは近づいてカーペットをめくり……一メートル四方の穴を見つけた。


「でかっ! って、これは……階段?」


 奥には階段が続いている。

 若干の恐怖が介在しながらも、興味が湧く。

 こんなことをしている場合でないと知りながらもその一歩を止められない。

 入って直ぐ、階段は木製であったが、しばらくすると幅が大きくなり、材質もコンクリートへと変わった。


 やがてゴーシュの目の前には一つの扉が現れる。


「何だこの扉? めちゃくちゃ頑丈だ。それにこの横の機械みたいなのも……」


 扉にはノブは無く、ただその横に見たこともない機械が取り付けられてあった。

 ゴーシュは気になって機械へと手を伸ばし、まさに触れた瞬間。


『――指紋認証、確認。ゴーシュ・ランペルージュ様。お通り下さい』


 目の前の扉がシュッと開く。


「動いた?」


 この街には現在電気が通っていないし、それにここは地下。

 太陽光発電以外での充電方法が無いこの街で動く機械などあるはずがない。

 だが実際に目の前の機械は独りでに動いたのである。


「ただの家にこんな装置……いったいここは?」


 呟きながらも奥へと足を進める。他にもセキュリティーがいくつかあったが、すべて容易に突破できて、やがて最深部へとたどり着く。

 地下への階段を下ってから実に十分。

 最後のセキュリティーを解除し、その先にあったのは……。


「な、んだよ。これ……ッ! うっ」


 堪らずその場に嘔吐した。


 扉の先は一際大きな地下室。清潔感漂う白を基調としたデザインの部屋に、いくつものワークデスク……だった物の破片。


 それらはすべて真っ赤な血に染め上げられていた。白い清潔感のある部屋の中は、デスクだった物の破片と人だった肉片が混じり、もはやその原型を想像することもできない。堪らず過呼吸となり、勢いよく空気を吸い込んで悪臭に鼻を塞ぐ。


「な、んだよ……。何だよコレッ!」


 目を背けたくなるような光景を目の当たりにして取り乱すゴーシュは、混乱と恐怖、ありとあらゆる感情が胸中で渦巻く中で不意に一つの資料を見つけた。

 血で読みにくいが、読めないことも無い。手に取ってそのタイトルに目を落とす。


 そこに書かれていたのは――。


「『現人神計画』」


 その単語を以前にも耳にしたことがあった。

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