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『悪魔神ジュリアス』を信仰する国、冥府。
そこに住む種族の中に、吸血種と呼ばれる者があった。控えめに言って世界最強。
人の生き血を啜り、《血壊》と呼ばれる状態になれば『神聖兵器』とも単騎で渡り合うことが出来るが、これができるのは吸血種の中でも純血種と呼ばれる者達のみ。
多種族の血が混じった混血種では精々『神器』と渡り合うほどだろう。
近年では純血種はめっきりとその数を減らし、現在は世界に三人しかいない。
しかしその強大さ故に、彼らに戦慄し、敬意を抱いた誰かが付けたのが『高祖』と言う名。
その高祖の一人である男、ナイト・バロンはミリアの砲撃が当たる数瞬前に大きく移動。
指をポキポキと鳴らして威嚇する。
「まさか高祖が直々に登場してくるとは……。なるほど、帝王が神器使いを一人護衛に付けろと言った訳がわかりました」
……まぁ、そのエドワードは一瞬で瀕死に追い込まれたわけですが。
彼とてその実力は確かだ。『ガンド帝国』でも十指に入るだろう。
そんな彼を一瞬で屠ったナイト・バロン。ミリアは対峙する男に戦慄した。
「あの『ガンド帝国』の戦闘姫がそれほど警戒してくれるとは、なんだか誇らしいなぁ」
「五月蠅い。――全兵士に告ぐ! 敵は高祖! 急ぎエドワードを救出し撤退せよ!」
「ふむ、賢い判断だ。俺はお前意外を殺すつもりはないから、ここで逃がしておかないと流れ弾で死んでしまうやもしれぬからなぁ」
「やはり目的は防御魔法破壊の阻止のみ……」
「そうだ。貴様らはこの防御魔法を破壊して王都に拠点を置くつもりなんだろう? 人が居ない上に非常時になれば建物の陰に隠れながら戦闘が可能……。何より、防御魔法は見た目では確認できないから破壊されたかは気付かれ難く、他国が責めてくる可能性も低い」
――何とも良い立地条件だ。と雄弁に語るナイト。彼は「だが」と続けて、
「それくらい俺ら冥府側も知っている。だからここの警戒は常に行ってるんだよ」
「おかしいですね。冥府の魔人族は脳筋の馬鹿ばかりでそこまで頭が回らないと思っていたのですが……」
「はははっ、違いない。まぁ、何で警戒してたかはそちらさんもわかってるんだろう?」
「……商業連合国レアの人攫い」
呟くと、ナイトは「正解だ」と言ってぱちぱちと手を叩く。
「何で人攫いなんかを……ッ! 子孫繁栄のためですか!?」
人を攫い子供を産ませる。吸血種が子孫を繁栄させるためにはそれが一番早い。生まれてくる子供は混血種ではあるが、立派な吸血種だ。
しかしナイトはハッと鼻で嗤うと、腕を組んで冷たい目でミリアを見下す。
「混血などをなぜ作らねばならない。純血である限り、我々吸血種は最強。混血などゴミ。どうしてそんなゴミを量産させなければならないのだ」
仮にも自分と同じ吸血種である混血種を侮辱するナイトに、ミリアは軽蔑の念を抱く。
「ならば、どうして人間を攫うのです!」
「教えて欲しいか? それはな……」
彼は組んでいた腕を解き、天を仰ぎ見ながら述べる。
「人間のクローンの作り方を、研究したいからだッ!」
「く、クローン?」
「そう、クローン。まったく同じ人間を生み出すのだ。髪、瞳、顔つき! 何から何までまったく同じ! その実験の成功。それこそが俺の野望!」
「に、人間のクローンを作って何をするつもりなのですか? ……もしや、兵力の増加?」
人間のクローンを使った、兵士。代わりは何体でも量産で来て、無限の人間が兵士として戦場に駆り出される。
もしそうならば胸糞が悪いが……ナイトは首を横に振った。
「いいや、違う」
「なら、いったい何のために?」
「俺はな? いずれは吸血種、その中でも純血種のクローンを作りたいんだ」
「なっ!?」
「人間を使っているのはその数が多いから。いくら失敗しても圧倒的繁殖力で、どんどん実験材料が増えていく」
ナイト・バロンは嬉々として言葉を続ける。
「やがて人間のクローン制作が完成したら、今度は混血種。最後に純血種」
彼の言葉を聞いてミリアは思考を停止させた。
その目標は人間のクローンではなく、純血種のクローン。つまり人間を使っているのは段階的な実験の一つ目でしかないと言う事だ。
「純血種のクローンが出来れば我々は子孫を作ることが出来る……っ! 否、それどころかもう子孫繁栄を考える必要も無くなる。高祖を何百人も集めた、世界最強の軍を簡単に作ることが出来るのだッ!」
高祖を集めた軍勢。ミリアはその言葉に身震いする。
……そんなもの、終末を迎える前に世界が滅ぼされてしまうッ!
言いようのない危機感。聞いた以上何としても阻止しなくてはと言う正義感。
無表情の下で、ミリアは歯を噛みしめて目の前の男の殺害を決意する。
「そんなこと、絶対にさせ――」
「ま、そんな冗談はさて置いて」
ナイトは強く睨みつけてくる彼女をしり目に、ひょうひょうとした顔で今までの発言を全て冗談と告げた。
一人熱くなっていたミリアは何が何だかわからず、ただ呆然と立ち尽くす。
「じょ、冗談?」
「ああ、冗談だ。いや違うな。クローンは作るし、子孫も繁栄させたいが、正直言って俺は戦争とかどうでもいい。興味がないんだ。生き残りたいとは思うが、高祖が三人いる冥府が本気を出せば世界を手に入れるなんて容易いだろうしな」
――だから、別に軍を作るつもりはない。
しれっと言ってのけるナイトであるが、その発言は強者のみが許されるもの。
圧倒的力を持つ純血の吸血種、高祖。そんな彼らが本気で戦えば、実際に世界を手に入れることが可能だろう。
「これはな、長い寿命を持つ吸血種の、ただの暇潰しにすぎないんだよ」
「では、暇潰しで人をっ!?」
彼の目的を知り、ミリアは侮蔑の念をその胸に抱いた。
「貴様がどう思おうと俺には関係ない。それにお前がどう足掻こうと、この作戦で冥府が落ちるとも思えない。元々俺が来たのだって、うちの王様が『リスク背負ってナイト君の為に人攫ってるんだから、これくらいのことはしてよ!』と、何とも子供っぽくお願いするものだから、仕方なくだしな」
――そう言うわけで。とナイトは言葉を続けると。
「お前らには撤退してもらうか、この場で全滅してもらうかの二択を与えたいのだが……?」
選択を与えるなどと言いつつナイトはその体から殺意をみなぎらせる。
対しミリアは、額に冷や汗をかきながら高祖を睨み、浅く息を吐いて口を開く。
「我々は『ガンド帝国』の兵。帝王の命には絶対に服従です。……故に、作戦は何としても成功させますッ! ――『灰燼に帰す陽砲』ッ!」
作戦を成功させる。それすなわち目の前の高祖に文字通り死闘を挑むと言う事。
けれど、一般兵が挑めばまず間違いなく死ぬ。二百人全員で挑もうと、数分と持つまい。
……だから、私がやらなくてはならない。『神聖兵器』の使い手である私が。
ミリア・ルークは世界最強の兵器の一つを背後より顕現させながら、目の前の世界最強の生物を睨んだ。




