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終末世界、キミの救世主  作者: 高倉ポルン
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 神聖歴181年5月3日。明朝五時。


 旧王都から少し離れた小高い丘の上。


 そこには黒字に赤のラインが入った軍服を身に纏う、二百の兵士が駐留していた。

 各々が作戦通りの配置に付き、その中央には指揮官であり、『ガンド帝国』最強の少女が仁王立ちしている。


「作戦決行まで残り十五分にゃー! みんな、敵が居ない作戦ではありますが気を引き締めて向かってくださいにゃっ! 今から向かうのは廃墟、いつ壊れてもおかしくはないからにゃぁ!」


 大きな声で少女は叫ぶ。呼応するように兵士たちも返事を返す。その中には――。


「ミリアさんのあの語尾、どうにかならないかな?」


「あぁ、せめて無表情で言うのだけはやめてほしいよな」


 と言って、ミリアのキャラ付け行動に愚痴を言う者も居るが、それ以外では異常はない。


 彼女の語尾で緩んでしまった緊張も、作戦時間が近付くにつれてだんだんと引き締まり始める。

 ミリアは懐から懐中時計を取り出した。


 カチ、カチと時を刻む針。同時に作戦前特有の妙な高揚感が心を襲う。


「作戦は何も問題はないにゃ」


 そう口にするミリアはパッと見たところ、軍服意外何も身に付けていない。

 刀剣の類も、重火器も。もちろん『灰燼に帰す陽砲』も。

 時刻は十四分から十五分に差し掛かろうとしている。

 作戦決行まで時間もないのに、一番重要な兵器の姿が見えていない。

 だが、その場にいる兵士は誰一人として慌てて居なかった。


 やがて懐中時計が十五分を刻んだ時、彼女は大きく息を吸うと、小さく呟く。


「――『灰燼に帰す陽砲』」


 バシッと電気が彼女を纏ったかと思うと、ミリアの後方から五つの砲台がその姿を現した。黒塗りの二メートルほどの砲台が、浮遊しながら銃口を上に向けて綺麗に並ぶ。


「出た、ミリア様のみが使える神聖兵器。『灰燼に帰す陽砲』ッ!」


 興奮した声で兵士の一人が声を上げ、それを耳にして気分がよくなったミリアは、表情こそ無表情のままだが内心で微笑み、右腕を天上へ向ける。


「『収束』『補足』」


 呟くと、五つの砲台が動き出し、彼女の上空で変形が始まった。

 一つの砲台を芯として周りを包むように変形した砲台が合体。やがて一つの巨大な砲台となり、巨大な砲台はミリアが手を前へ突き出すとそれに倣って前方を向く。


 そんな彼女の視界は赤く染まり、機械的に標的を捉えるためのポインターが表示される。ポインターの中央に敵を合わせてエネルギーを充填。


 ……目標、防御魔法。モード・一転撃破。


「確かに頑丈な防御魔法にゃ。抜けるかにゃ?いや、もし失敗したらもう一度撃てばいい、それだけの話にゃ」


 数秒の時間の後、エネルギーが装填されてまさに発射しようとした瞬間――轟音と共にミリアの目の前に砂埃が舞った。


「なんにゃ!?」


 突然のことに対処できずにいるミリアは驚いて発射。


 だが、引き金を引くと同時に放たれるわけではない。

 どんな機械にもコンマ数秒のタイムラグはある。

 その須臾(しゅゆ)の間に、砂埃の中から何者かが銃身を勢いよく蹴り上げた。


 結果、銃口は上を向き、あらぬ方角へと超破壊エネルギーが射出され、膨大な衝撃波があたりを襲い、目の前に舞い上がる砂埃を払い除けてその中心で蹴り上げた体制の男を露わにした。


 まだ若く、三十前半ほどの見た目をした男は、すらっとしていながらも服の上からでも分かるほどの筋肉を持っている。

 身長は高く、百九十はあるだろう。


 男は上げていた足をおろすと、右手で自分の紫の髪を整えながら不敵な笑みを浮かべた。


「驚いているところ悪いが女よ。諸事情でお前らの作戦を妨害させていただく」


 告げる男は、ミリア――ではなく、彼女の隣で砲撃を終えて熱を冷ましている状態の神聖兵器『灰燼に帰す陽砲』目がけて鋭い拳を突きだした。


「……ッ! 『分離』!」


 拳が届く前に砲台は元の五つの物に別れ、それらを己の後ろへと隠すように移動させる。


「ふむ。隙を突けば神聖兵器を破壊できるかもと思ったが……。どうやら無理のようだな」


 神聖兵器は神が作った最強の武器。それを破壊しようと試みること自体、目の前の男は普通の人間ではない。


「貴方は……」


 誰にゃ? と尋ねようとしたミリアの言葉は「下がってください!」と言う叫びに掻き消される。彼女の後方から青髪の青年、エドワードが物凄い速さで駆けだした。


「――神器『鉄扇』ッ! 魔法――『ハイ・ボルテージ』ッ!!」


 彼が懐から取り出したのは一つの鉄扇。正眼に構えて、彼は魔法名を口にする。

 一瞬の間の後、彼の体を黄金の輝きが包み込んで、走る速さが数倍に跳ね上がる。


 魔法――『ハイ・ボルテージ』。己の身体能力を何倍にも強化する肉体強化系の一種だ。


「ミリア様から、離れろッ!」


 大きく跳躍したエドワードは空中で体にひねりを加えて、男にかかと落としを放つ。轟音と共に砂埃が舞い、地面には大きなクレーターが出現した。が、そこに男の姿はない。


 少し離れたところに移動していた男は、ニヒルに笑いエドワードを冷たく見つめる。


「良い動きだ。魔法を使った強化でそこまで行くのであれば、将来は有望だぞ?」


「くっ、馬鹿にするなァ! 魔法――『アウト・オーバー』ッ!!」


 エドワードの拳の輝きが、他の部分に比べて強くなり、彼はそのまま跳躍。

 瞬きの間に男へと詰め寄ると、その体へと打撃を放った。


「何者か知らないが、作戦の邪魔は許さない」


 打撃を放った姿勢のままエドワードが告げる。彼が持つ神器『鉄扇』は、七枚の鉄の板から成る扇だ。

 その力はあらかじめ決められた七種の魔法を、詠唱と奉納なしで発動できると言うもの。 


 本来魔法とは、対価を支払ってすぐさま使えるものでは無い。対価を払い、使用したい魔法の詠唱を口にする。

 神によって対価と魔法を見定められ、認められてようやく力が授けられるのだ。だが本来魔法とはそう便利なものでは無い。


 肉体強化系の魔法以外では二つの魔法を同時に授かることはできないし、一度使うと再度使用するにはまた対価を支払わなければならない。


 魔法は酷く我儘なのだ。そしてその我儘な魔法と言う現象を、どうにかして簡易に発動できないかと考えられて、制作されたのがエドワードの持つ神器『鉄扇』。


 術式と呼ばれる模様は、魔法を上書きさせずに貯蔵することが可能だ。あらかじめ対価を支払っておけば、魔法が自由に使い続けられる。


 しかし、術式は人の血を使用して描かれ、さらには寸分の狂いも許さない。

 魔法の使用に人の命を対価にすることを禁止されているのと同じで、こちらもすでに作ることは禁止されている。

 つまり、彼が手にしているのは最初にして最後の武器。


「死ね……ッ!」


 エドワードが使う、鉄扇に刻まれた魔法の一つ『アウト・オーバー』。


 本来、人を殴れば相手は体の表面と内側の両方に衝撃を受ける。この魔法は、その表面に与えられる衝撃を無くす代わりに、内側に与えるダメージを増強させると言う物だ。


 つまり、肉体強化を施したエドワードが殴れば、内臓破壊は必須。彼は勝利を確信し、緩やかに微笑んだ――が。


「ふむ、勝利を確信しているところ悪いが……」


 頭の上から降ってきた声に驚いて顔を上げると、そこにはひょうひょうとした態度の男。

 男は言葉を紡ぎながら腕を振り上げて、


「まだまだぬるいな、少年」


 言って横薙ぎにエドワードを殴りつけ、脇腹に直撃を受けた彼は数十メートル吹き飛び、そこからさらに数メートル地面を転がって、最後にはピクリとも動かなくなった。


「エドワードッ!」


 さすがにミリアも表情に焦りを浮かべて叫ぶ。


「なぁに、死んではいないさ」


「お前……」


 ミリアがその表情を再度無表情に戻して、静かな殺意を煮えたぎらせる。

 すでにキャラづくりなどは脳になかった。ただ単に苛立ちと殺意、危機感を覚えて男を睨みつける。


 すると彼女の殺意に感化されるように作戦の配置についていた兵士たちも状況を飲み込み始め、エドワードを診に行った数名以外の兵士は男に銃を向けた。


「ほう、俺に銃を向けるか。そんな鉄砲玉ごときで、この肉体が傷つくことはまずないが……一応人を殺す武器を向けたんだ。お前ら全員死ぬ覚悟くらいはあるよなァ!?」


 周囲には世界でもトップクラスの軍事力を持つ『ガンド帝国』の兵士。


 目の前には神から与えられた神聖兵器の使い手ミリア・ルーク。

 圧倒的不利とも言える状況を前にして、男は狂気的に嗤って見せた。


「どうして笑える? お前はいったい……」


 戦慄する彼女からキャラを保つ余裕が消失する。

 ミリアの問いに、男は殊更に口を歪め、両手を広げて嗤うと、叫んだ。


「俺はナイト・バロン! 純血の吸血種にして神聖兵器とも単騎で渡り合えると言われる『高祖』であるぞッ!」


 それを聞いた瞬間、ミリアは一歩後ろに距離を取って――。


「『灰燼に帰す陽砲』ッ! フルオート! 敵を殲滅せよッ!」


 神聖兵器の砲撃を、目の前の敵に向かって容赦なく行った。

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